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それから数時間後。街のど真ん中で私は、地図アプリを表示したスマホ片手に項垂れていた。
《どうしたのだ?》
ヒダル神が心配そうに尋ねる。ここで馬鹿正直に「すみません。迷いました」と言えたら、どれほどいいだろう。
ぐうぅ~~。
ここで再びヒダル神に憑かれていることによる、空腹に襲われる。私はバッグからおにぎりを取り出そうとするが……。
「あ、あれ?」
バッグの中をいくら探しても、おにぎりがない。
そう言えば迷っている間にヒダル神による空腹に加えて、自身の空腹でモグモグと食べてしまっていた。つまり、もうストックがない。
どうしよう。このまま何も口にしなければ、行き倒れてしまう!
《野上殿! あそこに店があるぞ!》
前方を見ると確かに店が一軒あった。それは古き良き下町の中華という感じの店だった。看板には店名と思われる文字が書かれていた。
「……中華料理屋『燦燦』?」
私はお店が営業中であることを確認すると、引き戸を勢いよくガラガラと開ける。
「いらっしゃい! 一名様かい?」
カウンターから店長と思わしき七〇歳ほどの男性が言うが、私は構わず叫んだ。
「すみません! 何でもいいので、今すぐ料理を食べさせてください! 飢え死にしそうなんです!!」
「だ、大丈夫か!? おやつに食べようと思っていたゴマ団子でもいいなら」
そう言って店主はカウンターの上に、ゴマ団子が乗った皿を置く。
「ありがとうございます! いただきます!」
私はゴマ団子をパクッと一口で頬張る。すると、あの空腹や手足のしびれは無くなった。
「……た、助かった。あなたは命の恩人です」
「大げさな」
「それにこんなに美味しいゴマ団子は初めてで」
よく「空腹は最高のスパイス」と言うが、それを抜きにしてもとても美味しかったのだ。先ほどはそれどころじゃなかった私は、改めて店内を見回す。
築五〇年ほどだろうか。壁にはメニューが貼られており、床のタイルは長年の油汚れからベタづいている。だが店全体の雰囲気としては不衛生というわけではないので、このベタづきはこの店の歴史と言えるだろう。
しかし客は私しかおらず、換気扇の周り音だけが虚しく聞こえるだけだ。
「そう言ってくれて嬉しいよ。実は今日で店じまいだったからね」
「え?」
「不景気の影響かねぇ。客足が来なくって……今日も、誰も来ないで終わるかと思ってたところだったけど、お嬢ちゃんが来てくれてよかった」
「……こんな美味しいのに」
「若い子にウケる『写真映え』って言うのかい? そういう料理ってわけでもないし、ウチの自慢は大盛りなことなんだ。でも、最近の人はそこまで食べないみたいでよぉ」
《野上殿》
そこでヒダル神に声をかけられた。ヒダル神の声は、神懸りしている私にしか聞こえないので、店主に怪しまれないように小声で答える。
「ヒダル神様、いかがなさいましたか?」
《儂はこの者に、ゴマ団子の恩を返したい》
「どうするおつもりで?」
《先ほどのように、この店の近くを通りかかった者に取り憑いて空腹にさせる。そして野上殿がこの店に誘導すればいいのだ。我ながら名案だと──》
「ダメです!!」
早速、誰かに取り憑きに行こうとするヒダル神の魂を、私の体に鎮める。
《ん? 野上殿から出れないぞ!》
「申し訳ございません、ヒダル神様。私たち霊媒は神様を安全に運ぶ存在でもあり、周りの人に神様が被害を与えないように監視する存在でもあるんです」
《何?》
「それに他の人に無差別に取り憑き被害を大きくすれば、邪神として祓われてしまう可能性があります。新人とはいえ私は『八百万観光課』の人間として、看過するわけにはいきません」
《……そうか。無理を言ってすまない》
「さっきから、こそこそ誰と話しているんだい?」
店主が不思議そうな顔で、聞いてくる。ここは正直に話した方がいいだろう。
「実は──」
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