さぁ、悔いのない御食事を!

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「まさかお嬢ちゃんが、あの『八百万観光課』の人だったとは……実際に会うのは初めてだよ」 「あはは……都市伝説的な扱い受けてますからね」 「でも『ヒダル神』様でしただっけ? この店に客を呼ぼうとしてくれてありがとうございます」  店主は私の中にいるヒダル神に向けて、恭しく頭を下げてお礼を言った。 「神様に店の料理を食べてもらえるだけで、仕事冥利に尽きる……何かお好きな物はありませんか? 腕に腕を振るって作らせていただきますよ」 《それでゴマ団子の恩は返せるだろうか?》 「はい! ヒダル神様、食べたいものはございますか?」  迷子になって当初のツアー計画は大破綻だが、これでよかったのかもしれない。私は店主に作ってもらう料理を伝えるべく、ヒダル神の答えを待った。 《どれでもよいぞ》 「それでは店主さんも困ってしまいます……せめて好きな味、嫌いな味や食材などは」 《……好き、嫌いな味? 意味が分からないぞ?》 「え?」 《食べれるか、食べれないか。ただそれだけではないのか?》 「……まさか」  聞いたことがある。本当に食べ物に困っている国では、「食べ物の好き嫌い」の概念がないと。  何故なら嫌って食べないという選択肢を取れば、待っているのは餓死だ。彼らにあるのは、それが食べることができるか、できないかのみ。  なので好き嫌いできるのは、食べ物を選ぶことができるほど余裕がある国だけなのだという。  ヒダル神は弔われることなく、死んだ餓死者の怨霊だとも言われている。だとしたら同様に好き嫌いの概念がないのかもしれない。 「どうしたんだい?」  困り顔になった私を見かねて、店主が心配そうに声をかける。 「あの……実はヒダル神様、好き嫌いが無くてどれでもいいそうです」 「好き嫌いがないなんて、いい神様だ……しかし注文がないと作れないしなぁ」 「ですよね」  ここは「店主のオススメ」を頼むのが、無難だろうけど……「う~ん」と考え込んだ私は、とある考えが浮かんだ。 「──そうか、選ぶ必要なんてないんだ」 「お、決まったかい?」 「はい! この店の料理全部お願いします!」 「ぜ、全部!?」  最初から全部選べばいいのだ。そうすれば悩む必要もない! 我ながら名案だと言えるだろう!  《本当にいけるのか!? 野上殿!》 「いけます! それにこの店は今日で閉まってしまうんでしょう? もしこんな美味しい店で食べれない料理があったなら、私は一生後悔します」 「一生だなんて」 「でも、もし明日隕石が降ってきて地球が滅ぶとしたら──これが人生最後の食事になるんです!」 「……お嬢ちゃん」 「私は今まで自分さえ満足できれば、それでいいと思ってました。でもお客様であるヒダル神様の食事を、そんな寂しいもので終わらせたくなくありません! 責任もって、すべて食べると約束します! だから!」 「……わかった。一片の悔いもないくらい美味い料理作ってやるから、待っててくれ!」 「ありがとうございます! できれば、早くお願いします!」  ぐぅ、ぐうぅぅ~~。 「お腹空いて、今にもまた倒れそうなんです!」
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