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「――あ」
その視線が陸の足元を捕らえた瞬間、湊斗は呆けた声を上げた。
「何? どうしたんだよ」
「いや、悪ぃ。ボタン、取れちまった」
「ボタン?」
陸が問うより早く、湊斗は腰を折り、地面に転がった陸のボタンを拾い上げる。
それは制服の第二ボタンだった。
恐らく先ほど胸倉を掴んだ際、引っ張られて取れたのだろう。
「ってか、どんな馬鹿力してんだよ。他のボタンも全部取れかけてんだけど」
「や……マジでスマン」
「まぁいいけど。どうせこれ着るのも今日で最後だし……」
「……ああ、そうだよな」
陸の言葉で、その場は急にしんみりした雰囲気になる。
――が、それを破るように、湊斗が口を開いた。
「これ、預かってていいか?」――と。
「――え? そのボタンを?」
「ああ」
「別にいいけど……何で?」
「いや……それは何つーか……。べ――別に理由なんてなんでもいいだろうが……!」
「ふーん?」
「――ま、とにかくやるだけやってみろよ。お前結構根性あるし頭もいいし、こんなところでフラフラしてるような奴じゃねーって、実はずっと思ってたから」
「…………」
「じゃ、な。頑張れよ、陸。俺もこれからは、もうちょっと真面目に生きてみようと思うからさ」
「……ああ」
――こうして、桜舞い散る下、二人は別れた。
お互いの連絡先を交換することもなく、それは傍から見ればあまりにもあっさりとした別れだった。
けれど、その十年後――。
東条財閥の三男、東条陸が代表を務める東条コーポレーション・ロサンゼルス支社に、一人のエースが配属された。
日本の無名大学からミシガン大学に留学しMBAを取得後、東条コーポレーション・日本本社にて数々の功績を上げた経歴の持ち主で、ロサンゼルス支社への転属は入社当時からの希望だったという。
――そう、その男の名前は……。
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