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・イメージ
この会社で、クールな女性。と言えば、私りる。外見はボブヘアにパンツスタイルが定番。仕事はこのテレビ局のメインキャスター。クールな容姿と喋り方を心掛けているからこのイメージはピッタリ。だけど本当の私はものすごく甘えたい女なの。
秘密だけど、私には社内恋愛の彼氏がいる。2歳年上28歳の彼氏は仕事ができると評判。178センチの身長に、細いながらもしっかりと鍛えた体、くっきりした二重瞼が印象的な顔立ちで、女性ウケするカッコイイ男性だ。そんな彼氏にとって私はいい女のようなのでクールなイメージをキープしている。
彼氏には大きな欠点がある。 無類の女好きなのだ。これだけカッコイイのだから女性が寄ってくるのは仕方がないと思うけれど、本当にモテる男は自分から女性を漁らないし、女性を選ぶんじゃないかと私は思っている。彼氏には沢山の親しい女性がいて、その女性達とのデートにいそしんでいることを沢山のスタッフに自慢気に話すから自然と私の耳にも入ってくる。
今も近くから彼氏とスタッフ達の節操のない会話が聞こえてくる。
「昨日の女の子はどんな子だったんだよ?」
「見た目は可愛いんだけど、緊張するとか言って話が続かなくてさ~、食事だけで解散したよ」
「そんなこともあるんだ」
「あるある、俺、つまんないの嫌いだもん」
彼氏は学生のようなことを言っている。学生でも言わないかもしれない。きっとこの人は結婚してもこんな感じなんだろうな~。客観的に彼を見つめながら原稿を書き進める。
私は彼氏の浮気にはうるさく言わない。私には『束縛・嫉妬』という感情がほとんどなくて、ほかの女性に目を向けるのは彼氏から見た私に魅力がないからだと思っている。嫉妬心を抱く前に愛情が冷めていく。心が疲れる恋愛なんてつまらない。彼氏とは毎日のプライベートタイムをふたりでゆっくり過ごしながら甘えたいのが私。
ある日の飲み会で男性スタッフ達の会話が盛り上がる。テーマは「クールタイプと可愛いタイプ、どちらが好きか」ほとんどの男性スタッフは可愛いタイプが好きと言っている。私だって性格は可愛いタイプ。決してクールではないと自分では思う。ただみんなそれを知らないだけ。
みんながほろ酔いになってきたとき、最年少の女性スタッフが私の彼氏に甘え始めた。
「私、あなたのことが好きなんです。とっても素敵ですよね。私と遊んでください。私、彼氏がいなくてさびしいんです。全然モテなくて……」
彼女の顔立ちは可愛いタイプではないけれど、声や手ぶり身振りがものすごく可愛くて全身をくねくねさせながら私の彼氏にくっつく。彼氏は奇妙な笑顔を見せていたが、徐々に嬉しそうな表情に変わっていく。私は彼女に見入ってしまう。
「おまえも甘えてみてよ」
ある男性スタッフが私に言った。
「いいよ!」
私は意気込んで水を一口飲んだ。
「私、さびしいの。誰か隣にいて~」
私は自分が思う可愛い声と話し方で言ったのに
「すごくエロい!」
「全然可愛くない! エロ甘だな」
「可愛いよりエロい!」
みんなにゲラゲラ笑われた。
「可愛くなんてできない! どうせ可愛くないもん! みんな、笑い過ぎよ!」
私は拗ねた。
その晩、私と彼氏は、久しぶりにホテルでデートをした。以外にも飲み会での私のエロい甘え声が彼氏の興奮材料になったらしい。
私は彼氏の激しいキスを受け入れいつもの様に愛し合うが、彼氏と話したり触れ合ったりキスをしても、それが愛なのか、快楽のためだけのものなのか、既にわからなくなっている。
帰る頃には私は嫌悪感まで抱いていた。
そして数日後、私たちはカップルを解消した。彼に対する愛情が微塵もないことに気がついたからだ。
「別れたい」
「俺はヤダよ。何だよ急に別れるって、理由は?」
「疲れたの」
「何だよそれ」
「とにかく、別れたい。ほかにもたくさん女がいるんだからいいでしょ?」
「何だよ。俺の本命はお前だろ、とにかく別れたくないからな」
彼は不平不満をこぼしたが、私の心には届かなかった。情はあるけれど、そんな少しの気もちくらいであの男の彼女でいたくない。もっと愛する人の大きな愛情で心身を満たされたい。
それが、女。
そして……私。
私を愛してかわいがってくれる彼氏の存在が必要だ。
・甘えさせてくれる人
今日も私は夜遅くまで残業。アルバイトのれおくんも仕事をしていた。
れおくんは私より2歳年下の大学院生だけど、性格がかなりしっかりしている。あっさりした顔立ちにすっきりしたショートヘア。優しい笑顔が清潔感を抱かせる素敵な男性だ。
「終わった~!」
「良かったね~、れおくんお疲れ様。先に帰って良いわよ」
「何か手伝いましょうか?」
「大丈夫よ。せっかく早く終わったんだから帰ってね」
「今日は何も予定がないから暇なんです。やることがあったら遠慮なく言ってください」
れおくんがこう言ってくれたので私は甘えることにした。
「ありがとう。じゃあ、甘えちゃう! そこの原稿のコピーをお願いします」
「ずいぶん簡単な仕事だな~」
「私、コピーが下手なの。だからやってもらえると助かるわ」
「そうでしたね。いつもコピー機に遊ばれていますよね。ピーピー鳴らして。ハハハ……」
年下のくせにれおくんが大笑いする。でも、かわいい……。
コピー機の音を聞きながら台本を書き進めていく。
集中することおよそ30分。
「終わった~」
開放感たっぷり。
「お疲れ様です。コピーももうすぐ終わります」
「ありがとう」
すぐにコピー機が止まる音がした。
「お腹すきましたね。りるさん、ご飯食べて帰りませんか?」
「うん! お腹すいたね~。私、和食屋さんでお魚とお寿司が食べたいな~」
「いいですね~、ぼくも和食好きなんですよ」
時計を見ると日付が変わりそうな時間になっている。
「こんなに遅くなっちゃったんだね~……開いているお店あるかしら。飲みたいんだけどな」
「そうですね~、遅いですね……。何ならうちに来ませんか? 買い物したばかりだから何かはありますよ。お酒はぼくも好きなんで揃っていますし。どうですか? すごく近いですよ」
「せっかくの提案だけど、私がおじゃまするのは……。一応、私は女であなたは男だから……」
「大丈夫です。りるさんはクールな女性だから。ぼくはキュートな女性が好きなんです。素直に甘えてくるような可愛い女性が良いなあ」
れおくんは遠回しに私に『ノーサンキュー』と言ったようだ。私は自惚れた自分が恥ずかしくなる。
「わかった。それじゃあ、もしお店で飲めなかったらおじゃましますね」
私はれおくんの部屋に条件付きで行くことにした。私たちはかろうじて開いていたファミリーレストランに入り、メニューにお酒があることを期待したけれど、ノンアルコールばかりなので、軽く食事を終えるとお酒を飲むためにれおくんの部屋に向かった。
クールで綺麗なマンションの前にさしかかると、れおくんが
「ここです」
と、言って立ち止まった。
「綺麗なマンションね」
「とても気に入ってます」
れおくんが嬉しそうな笑顔を見せる。
エレベーターを降りる。
「ここです」
れおくんはポケットから鍵を出して、慣れた手つきでドアを開けた。
「どうぞ」
「ありがとう。おじゃまします」
私が先に入ると、玄関には靴が一足もなかった。綺麗に片付けられているらしい。
リビングルームのドアを開けて、れおくんが電気を付けた。
「わ~、綺麗!素敵ね~」
明るいグレーと白でコーディネーターされたれおくんの部屋はとてもおしゃれですっきり片づけられていて清潔感に溢れている。
「ありがとうございます。ぼく綺麗好きなんですよ。気もち悪いですか?」
「ううん。私もかなりの綺麗好きなの」
「よかった~。シャワー使います?」
「ありがとう。助かるわ。帰宅したらまずシャワー。これが私のルールなの。お借りします」
「ハハハハハ~同じだ。どうぞ、こっちです」
れおくんは笑って案内してくれた。お風呂もかなりきれいだ。
シャワーから出ると洗濯機の上にれおくんのルームウエアが用意されていた。
「ルームウエア、ぼくのですけど使ってください」
リビングルームかられおくんが声をかけてくれた。
「ありがとう。お借りします」
私は手早く着替えるとバスタオルで髪を包み、リビングルームのドアを開けた。れおくんはスリムだけど180センチの長身だ。私にはかなり大きいサイズのルームウエアがリラックスさせてくれる。
「ぼくもシャワーに入ってきます。おつまみとワインを出しておきましたから食べていてくださいね」
「ありがとう~。でも待ってるね。髪を乾かしたいから」
「うん」
髪を乾かし終え、ドライヤーのスイッチを切ると同時にリビングルームのドアが開きれおくんが入ってきた。
グレーのTシャツにネイビーのショートパンツを穿いたれおくんは、ちょっとワイルドな雰囲気に見えた。
「お待たせしました」
「いえ、いえ、なんか雰囲気違うね」
「ハハハ……。リラックスしてください。飲みましょう。ワイン?ビール?」
「両方!でも、まずは~ワイン!」
「OK!」
れおくんが大きな声で答えた。
ほどよく冷えた白ワインを冷蔵庫から出し、上手にグラスに注ぐ。れおくんのそのしぐさを見ているとセクシーさを感じる。綺麗な手だ。私は手フェチだ。男性の手に色気を感じる。
「さあ、飲みましょう!」
れおくんが私にワインを差し出した。
「いただきます」
ふたりでグラスをぶつけるととてもいい音がした。
「おいしい!」
私。
「う~ん! うまい!」
れおくん。
ふたりで見つめあいながら笑った。
「彼女はいるの?」
「いません。いたらりるさんを部屋に入れません」
れおくんがすんなり言うところを見ると本当にいないのだろう。
「それもそうね。ごめんね。愚問で」
「そうですよ。リルさんは彼氏いるんですか?」
「ううん。いないの。欲しいんだけどね~。私、さびしいのが苦手で……だから彼氏がいないと困るのよね。気もちが落ちるの」
ここに来てまだ一時間半。ワインを2杯飲んだだけなのにほろ酔い気分になっている。普段はどんなに飲んでも外ではしっかりしているのに今日は変だ。年下の学生だから油断しているのか、それとも、疲れているのか……。早いところ帰らないと素を見せてしまうことになりかねない。
「いつから彼氏がいないんですか?」
「それは秘密よ。それより、私そろそろ帰るね」
「今夜は泊っていきませんか? もう遅いし飲んでるし……心配です」
「れお君ありがとう。でも……帰るわ。明日の着替えも何も持っていないから」
私が立ち上がりながら言う。
「着替えは会社にあるでしょ?」
れおくんはソファに座ったままだ。
正直、ものすごく眠い。このまま今すぐここで寝てしまいそうなくらい眠い。
「遅すぎて危ないよ。一般人であって一般人じゃない」
「うん、ありがとう。でも……帰るわ。私の変な本性を見せたくないの」
「え、何それ、見たいな~」
「ダメなの。じゃあ、帰るわ。おやすみなさい。お酒ごちそうさまでした」
私はバッグを手にし、ふらふらしないように気をつけながら玄関に向かった。つもりだった。
しかし、ソファにつまずき、れおくんの上に転倒してしまった。とにかく眠い。
「大丈夫? 危ないな~。ほんと、泊ってください。これじゃあ帰れませんよ」
「う~ん。とても眠いの。でも、今日着た物の洗濯もしなくちゃ」
「じゃあ、ぼくも洗濯をするのでまとめて洗いましょう。横になっててください」
「わかった。じゃあ、限界になったら寝ちゃってもいい?」
酔いながらも、甘え口調にならないように気をつける。
「もちろん、良いですよ」
れおくんがこう言ってくれたので急に安心してしまった。
洗面所から洗濯機の音が聞こえてきた。先に寝てしまわないように、私はその音を聞きながられおくんの愛読書らしいメンズファッション雑誌をめくる。
「若いな~」単純にそう思った。
隣にれおくんが座る。
「面白い?」
「うん。洗濯終わったら私が干すね。自分の物もあるから」
「うん、わかった。りるさんって飲み会でもあんまり乱れないよね? 酔ったところ見たいな~。何か変化ある?歌い出すとか、泣き出すとか、笑い出すとか、愚痴るとか」
「全然変わらないわよ~」
私がちょっと怒りながら言っているのにれおくんは聞こえないふりをしているのか、立って冷蔵庫を開けた。
「はい、大好物のスパークリングワイン。どうぞ」
れおくんが悪戯っぽく私にグラスを渡した。
「うれしいけど、これを飲んだらもっと酔っちゃう。私の本性を見せるのは本当に嫌なの」
「いいじゃないですか~、今ここにはふたりしかいないんだから。飲もうよ」
れおくんが上から目線で言った。すっかり敬語が抜けている。
「う~ん……、わかった。頂くわ。」
これ以上酔わないように頑張れば大丈夫よ。自分の心に言い聞かせた。
ところがそのスパークリングワインは酔っていても美味しかった。一杯ではやめられない。
「すごく美味しい! このすっきりした味わいと、少し強めの炭酸。良いバランスね」
「そうでしょ。ぼくのお気に入りの逸品なんだよ。気に入ってくれて良かった」
嬉しそうでかわいいれおくんの表情に見入ってしまう。
私が飲み干すや否や、れおくんがおかわりを私のグラスに注いだ。そして冷蔵庫からアイスクリームを持ってきた。
「チョコ味とバニラ味どっちがいい?」
「チョコ!」
「子どもみたいだな~」
と言いながら、チョコレートのアイスクリームとスプーンを私にくれた。
「ありがとう」
私は、大好物のスパークリングワインとアイスクリームを目の前にして、甘えたいモードになってきた。
気もちが落ち着いてふたりで喋らずに飲んで食べている。こんな風にまったりと落ち着いた空間にいられるのは贅沢な感じがする。何かを話さなければならない。何かをしなければならない。そんな風に考えず同じ空間いられるのは長年生活を共にする夫婦や恋人以外にあり得ないと思っていた。初めて訪れた部屋、恋人以外の男性、しかも大学院生。それなのにこんなにくつろげるなんて思ってもみなかった。「お酒のせいかな……」心の中で呟く。
再び睡魔が私を包み込む。酔いと睡魔……ダメ。本性が出てしまう。
「もっと飲む?」
「ううん。ありがとう。ごちそうさまでした。眠くなっちゃって……」
「そっか……、ぼくはもう一杯飲むよ。飲もうよ」
「お酒強いね」
「うん、りるさんも強いでしょ?」
「でも……今日はもうやめておいた方がお互いのためだと思うの」
私が心配して言うとれおくんが私を抱きしめた。私は一瞬躊躇したが、れおくんのハグに応え、れおくんの体に腕を回した。見た目よりはるかにがっちりしている。
れおくんはお酒を取りに行こうとしたが、私は
「もっとこのままでいて」
と、小さな声で甘えた。
れおくんは黙って強く抱きしめてくれる。私はれおくんのぬくもりに癒されていた。少しして……。
「お酒取って来るよ」
「うん」
「はい、どうぞ」
細いスパークリングワイングラスに輝くロゼのピンク色と、まっすぐに立ち上る泡が美しい。
そして、グラスを持つれおくんの長い指が綺麗で、私は見入ってしまった。
れおくんが私の隣に座る。
「ありがとう」
私はひと言だけ言ってスパークリングワインを飲んだ。これもとても美味しい。私好み。
れおくんも一口飲んで、
「うん。美味しい」
と言うと、グラスをテーブルにおいた。
数秒間の沈黙……。れおくんが私の肩を抱く。私はれおくんの首に顔をくっつけた。
れおくんが一瞬下を向き、私にキスをした。私はれおくんのキスを受け入れた。
「大丈夫?」
「聞かないで。恥ずかしい」
私が答えるとれおくんが再びキスをしてきた。ライトキス……ハードキス……ディープキス。
れおくんとの甘くセクシーなキスを重ねるうちに、一段と大きな睡魔が私を襲ってきた。
「すごく眠い。寝てもいい? この部屋居心地良くてリラックスしちゃう~」
「うん。ゆっくり寝ちゃっていいよ」
れおくんの眼差しが優しい。まるで小さな子どもを見るようだ。
「一人じゃさびしくて眠れない……。一緒に寝て?」
「うん。いいよ。一緒に寝よう」
れおくんがまた子どもをあやすように言った。
「抱っこして」
れおくんはちょっと笑うと軽々と私を抱き上げてベッドルームのドアを開けた。
ふたりでベッドに入るとお互いに見つめ合いキスを交わす。寝落ちしそう。
「甘えっこだな~。可愛いじゃん」
「眠い……おやすみなさい」
私はすぐに眠りについた。
目覚まし時計のアラームで目が覚めた。
隣にはれおくんが眠っている。
「あ~、昨日はここに泊ったんだ……」
時間を確認するとまだ早い。れおくんは早起きするタイプのようだ。出勤前の時間をゆっくり過ごす人なのかもしれない。もしかしたら、学校?
「れおくんおはよう」
私は耳元で小さな声で囁いた。
「う~ん……おはよう」
「朝ごはんはいつも食べているの?」
「うん。パンとか適当に……」
「わかった。今日は私が適当に作るね。食材使うね」
私が起き上がろうとすると、れおくんが私の腕をつかんで引っ張った。れおくんは自分の上に私をのせて抱きしめる。そして、私たちはキスをした。
「彼氏になりたいよ」
びっくりした。私は何も言えず、ただれおくんを見つめる。
「その表情はダメということ?」
「まって! だって、私年上だし……れお君私のことタイプじゃないって言ったでしょ? だから……」
「昨日まではね。夕べ、りるさんの魅力がわかったんだ。俺のことは嫌?」
「ううん。そう言ってくれてすごく嬉しい。でも、私の性格をみんなに誤解されているみたいの……あのね、私、彼氏には甘えたいタイプなの……」
「ハハハ……! 知ってるよ。たくさん甘えて。でも、ぼくにだけだよ」
「バレた?」
「うん、寝る前、甘えてくれてかわいかったよ」
「恥ずかしい……」
れおくんは私を抱きしめてキスをした。
「う~ん。でも、年上だから……年下の女の子が甘えるのは可愛いだろうけど……」
「年齢のことを言うのはやめにしない?ぼくが彼氏になりたいと言ったんだから自然体でいて欲しいな。確かに夕べまでは甘えたさんだということは知らなかったよ。でも、ぼくはりるさんの素を見て可愛いと思って彼氏になりたくなったんだから歳のことは気にしないで欲しいな。素でいてよ」
「本当にそれでいいの? 嫌いにならない?」
「ならないよ」
「もし、私の甘えが重かったら言ってね。気をつけるから。重い女にはなりたくないの」
「甘えてくれるなんて可愛いじゃないか。ぼくはそう思うけど。全然嫌じゃないよ」
「ホントに嫌な時や重いときははっきり言ってね。お互いに無理はやめましょう」
「そうだね。無理はやめよう。遠慮なしで、自然体で……」
「うん……」
「ぼくはやきもちやきかもしれない。それこそ重かったら言って」
「うん、わかった」
れおくんの笑うとできる頬と目じりのしわが私は大好きだ。
私たちはキスをしてお互いの気もちを確かめ合った。細く見えたれおくんの身体は、筋肉が程よくつき逞しい。この顔にこの身体、かなりモテるよね? きっと。れおくんの笑顔を見ながら不安になった。
れおくんがきつく抱きしめてきた。私もれおくんの体に腕を回して抱きしめる。しばらく私たちはそのままの状態で見つめ合っていた。お互いの存在を慈しむように。
そして、小さなキスをした。
「大丈夫?」
れおくんが、優しくそして心配そうに聞いた。私は頷くことしかできない。
れおくんとのキスは気もち良すぎる……怖いくらいに愛情を感じる。
「りる大好きだよ」
「私も……大好き……」
れおくんも私との相性の良さを感じたようだ。
キスが私たちの愛を育てたと言ってもいいくらいに、私たちの気もちは変わった。昨日までれおくんに対して全く持っていなかった感情だ。きっとれおくんも私に対して、女性としての想いは全くなかったと思う。お互いの身体の相性の良さが気もちを大きくした。
れおくんが私のおでこにキスをして、そして軽くキスを交わすとれおくんの腕枕で心地よい眠りに襲われる。
「まだ眠い?」
「うん。とっても。寝たい」
「朝ごはんは会社で食べることにして、寝ちゃうか?」
「うん、寝ちゃおう!」
隣に寝てくれる人がいるのは安堵感が得られる。私はまたすぐに寝てしまった。
次の目覚まし時計のアラームがうるさく鳴る。乾燥機から下着を取り出し、簡単に身支度を終えると会社へ急ぐ。
私は急いでメイクルームに入るとストックしてあるワンピースに着替えてヘアメイクを整えた。誰にも会わず準備ができたことにほっとする。
・モテるれお
自分の部署に入ると、れおくんをはじめ数人のスタッフが番組の準備を進めていた。
私が自分の席に座ると元カレが来た。
「りる、昨日電話したのになんで出ないんだよ」
「気がつかなかった。何か用でもあったの?」
私は元カレを見ずに言う。
「暇だったからメシでも行かないかなって思ったんだよ」
「ふ~ん。そうなんだあ。でも、もう二人では行かないから。誘ってくれるなら大人数が参加する時にしてね」
「なんだよ……ずいぶん冷たいじゃないか……」
元カレが不満そうだ。
そこにれおくんがきた。
「りるさん、これ朝ごはんの代わりにどうぞ」
「クロワッサン! ありがとう。お腹すいてるの。嬉しい」
「りる~、なんだよ、それ。バイトには優しくできて、先輩の俺にはできないのか? 逆じゃないか?」
元カレがさらに不満そうに言った。私は何も言わずクロワッサンの袋を開けておもむろに食べ始めた。
「やることがあったら言ってください。ただ、午後からは講義があるので大学に行くんです」
そうだった。れおくんは大学院生……。大学院生……講義。この言葉を頭の中で反芻して、私は改めて重みを感じた。
「学生か~、いいなあ~、遊べて。大学には可愛い女子もたくさんいるんだろ? 羨ましいよ。就職は?」
元カレが意地悪そうに聞く。
「就職は内定をいくつか貰っているんですが、まだ決めていないんです。自分に何系が合うのかもわからなくて……。興味がある分野の会社をいくつか受けたら内定を貰えた。という感じなんです。りるさんにも相談したいと思っていたんですよ。近々ゆっくり聞いてくださいね」
「うん。良いよ。それにしてもすごいわね。内定をたくさんもらえる人なんてそんなにいないんじゃない? ゆっくり聞かせてね」
「ありがとうございます。でも、ぼくの周り、みんなそんな感じですよ」
「え~、凄い話ね。原稿が一本書けそうよ」
「そういえば、君、優秀な大学なんだよな? やっぱりネームバリューがあると違うよな~」
元カレは何かと嫌味な男。別れて良かった! 顔を見ながらしみじみ思った。
れおくんの顔を見ると、なんてことないよ。といった様子で私の顔を見ていたので、私は笑顔を返した。
「ランチしてから大学に行く?」
れおくんは笑顔で頷く。私は甘えたがりだから彼氏ができたらできるだけ近くにいたい。
午前の番組を終え、スタジオを出るとれおくんが待っていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。お腹すいたね。何食べる?」
れおくんがクスクスと笑う。
「何笑ってるの?変なの」
「だって、満面の笑みになってるよ。変だよ。敏感な人が見たら、バレそうだよ」
「え? そうなの? 普通にしているつもりだけど……。気を付けたほうがいい?」
「そうだね。気をつけたほうがいい……と思うよ。バレても良いけれど、面倒なことになると煩わしいから」
れおくんが気をつかって言ってくれた。
「は~い。わかりました」
とにかくれおくんはしっかりしている。私の方が年下みたいだ。
そういえば、れおくんが私の空間にいると私はなぜか落ち着いて仕事ができる。残業で遅くまで会社にいてもれおくんがいるとさびしくないし仕事が捗る。これまでも何度もそういうシチュエーションがあったのを思い出した。
目の前のれおくんを見ていると甘えたくなる。でも会社内ではお互いのために甘えちゃダメ。
社食は安くて美味しいからいつも混んでいる。
「私、カレーうどんにするわ」
「大丈夫? 服汚さない?カレーライスにしたら?」
「そうだね。カレーライスにしよう。大盛で」
「いいね~大盛。ぼくはカレーうどんの大盛にするよ」
れおくんがいたずらっぽく言った。
「あ~、ずるい!」
私がちょっと拗ねて言うと
「半分あげるよ。汁なしにして」
と、やさしい。好きなれおくんを前にして、どうしても甘え口調になってしまう。それが私の本当の性格だからうまく隠せず出て来てしまう。
カレーうどんとカレーライスを半分ずつで食べていると、チェックが厳しくて有名な女性スタッフ来た。大学を卒業したばかりの彼女は学生気分がまだまだ残っていて、仕事をしているというよりは、遊びに来ているといったほうが合っているくらいだ。
「隣に座っていいですか~?」
彼女が私ではなく、れおくんに聞いた。
「どうぞ」
ダメとは言えないだろ。と、れおくんの顔に書いてある。私も、仕方がないね、と目で答えた。
「なんか、おふたりいつもと違う感じ~。カレーもシェアしちゃってるし~。私れおくんのファンなんですからね、りるさん取らないでくださいよ~。あ、でもずいぶん年上かあ……ハハハ!」
彼女が大声で笑った。
「れおくん、年上はキライ?」
「何ですか、急に。この話に乗らないでくださいよ」
れおくんが怒ってる。
「あ~、りるさんごまかされてる! キャハハ‼」
彼女が一段と大声で笑った。それ見たれおくんがめんどくさそうに言葉を返す。
「ぼくは年齢は気にしません。上でもぼくにとって魅力的であれば良いんです。しかもたった2歳でしょ? ずいぶんじゃありませんよ」
「え~、じゃあ、どういう女性に魅力を感じるんですか? 教えてくださいよ」
私も興味津々でれおくんの顔を見つめた。言いなさいと。
「はあ。ここは社員食堂ですよ。こんな話していいんですか?」
「今はお昼休みよ」
私が先輩面する。
「なんですか~りるさんまで……」
私は早く言いなさい。という眼差しでれおくんを見つめ続けた。彼女もれおくんの答えを隣で待っている。すると……他の女性スタッフ達が
「聞きたい! 聞きたい!」
と、さわぎ始めた。
「え~、なんですか。みなさんまで……」
れおくんが困ってる。そして……。
「わかりました。言いますよ~、まったく~、はあ。えっと~、しっかりしているようで、どこか抜けていて、綺麗だけど可愛くて、ぼくを信頼して甘えてきてくれるような女性です」
れおくんが私を見ながら言った。恥ずかしい。
「そんな人いますか~?」
「社内で言ったら誰?」
女性スタッフ達が口々に言う。
「社内ならりるさんしかいないでしょ」
れおくんの言葉に私の顔は赤くなる。
「れおくん、ありがとう。とっても嬉しい!」
謙遜しようかと思ったけれど、私は素直に喜んだ。
「え~、りる? 可愛い? 甘える? それはないでしょ~。抜けているのはあるけれど、社内1クールなのに」
「いいえ、りるさんはぼくにとって最高に魅力的な女性です」
れおくんがきっぱりと、自信満々に言った。
「その気もち、ずっと持っていてもらえたら嬉しいな~。自分磨きしなくちゃ!」
私はカレーライスのトレイを持って立ち上がった。れおくんも自分のトレイを持って立ち上がる。
「りるさん、きょう、夕食何食べる?」
「え?一緒にいられるの?」
「うん。お互いに一人暮らしなんだから、なるべく一緒に食事したいと思ってるけど」
「嬉しい! ありがとう! パスタがいい! テイクアウトでも、待ち合わせでレストランでもいいよ!」
「じゃあ、テイクアウトでうちで食べよう」
会社からはれおくんのマンションのほうが近い。
「今日はうちにしよう。着替えがないわ」
「そっか~、でも、人目があるから……心配」
「そうだね。私だけの心配じゃないものね。じゃあ、私、一度家に帰って着替えを持って行くね」
「うん、わかった。数日分持ってきておくといいよ。じゃあ、予定変更で、パスタはふたりが揃ったらレストランに行こうか」
「は~い。じゃあハグして。夜まで会えないから」
「ダメだよ。ここは会社だよ。甘えるのは帰ってからね」
「誰もいないし、誰も見ていないわ。お願い! ちょ~っとだけ、ハグして」
私が更に甘えるとれおくんが軽くハグをしてくれた。
「嬉しい!」
私が喜ぶとれおくんが私の肩を抱いてくれたので、れおくんの顔を見てにっこり笑った。私は自分の彼氏に、ボディータッチするのもされるのも大好き。でも、彼氏以外の人に触るのも触られるのも大嫌いだ。要するに「信頼できる自分のもの」と思えないと触れない。
「りる! どこだ?」
喜んだのもつかの間。誰かが私を呼んだ。一瞬にしてクールな私に変わる。
「はい!」
と、クールに返事をする。一方でれおくんには
「いってらっしゃい」
と、甘えた笑みを向ける。
その変身ぶりにれおくんは
「ハハハ……」
と爽やかに笑った。
いつものように仕事を終えると、私は急いで自分のマンションに帰り、着替えをして、数日分の着替えやメイク用品などを急いで準備した。別にそんなに急がなくても良いのだが、早くれおくんとの新しい生活に慣れたくて気もちが急いているようだ。
自転車に乗り、れおくんのマンションに急いで向かった。
ドアチャイムを鳴らすとれおくんが中から鍵を開ける音がしたあと、ドアが開いた。
私は急いで自転車をこいでいたので、大量の汗をかいている。
「お帰り。どうしたの。すごい汗じゃないか」
れおくんが私を見てびっくりしている。
「自転車で来たの。立ちこぎで来たから汗かいちゃった」
「立ちこぎって、大丈夫? 誰にも見られなかった?」
れおくんが顔色を変えてまで心配するのには訳がある。実は私は会社から立ちこぎを禁止されている。なぜなら、私の立ちこぎの様子を見た人から『イメージダウンになるから立ちこぎをやめさせるように』と、クレームの電話が会社に来たのだ。
「大丈夫よ。見られなかった。と思うわ」
私は『と思う』をつけ加えた。
「それならいいけれど……、気を付けてよ」
「うん。お腹すいた~。ご飯行こうよ!」
私は話を切り替えた。
「待ちたくないから予約入れよう」
れおくんはそう言うと、レストランに電話をした。
予約を入れて良かったと思うほどレストランは混んでいた。少しカジュアル感のあるイタリアンレストランで、とにかく美味しいので人気だ。私たちは栄養バランスを考えて、何品か注文した。料理が並ぶ間、ワインとカクテルを楽しむ。
数分後、色とりどりの綺麗な料理が目の前に並んだ。
「おいしそう!いただきます」
私がカトラリーに手を伸ばすと、れおくんが先に取ってさっと私に渡した。
その後も、私が食べやすいようにお皿の料理を小皿に取り分けてくれたり、小さく切ってくれたり、至れり尽くせりだ。
「ありがとう」
れおくんは嬉しそうに私を見た。
シェアの仕方がとてもスムーズで見ていて気もちが良い。どこで学んだのかしら……? と思ったが敢えて聞かない。れおくんがチラッと私を見て笑った。テーブルの下では、私の膝とれおくんの膝がくっついているからだ。
「りる~、ダメでしょ」
「どうしたの?」
私がクールにとぼけて言うと
「欲しくなるだろ、この膝」
れおくんが料理を口に運びながら言った。
「おいしい! ほんと、美味しい! ここのお料理は全部美味しい。ハズレがないのよね」
「そうだね。ハズレはないよね。でも、デートのカップルが多いから視線が気にならないか?」
「そう? 気にしちゃうと何もできないから……。れおくんも気にしないで。イヤかもしれないけれど……」
ワインをグラスで2杯飲んだだけなのに、私はほろ酔い気分になっている。れおくんといると、とてもリラックスできるみたい。
私たちは料理を食べ終えるとワインを2本買ってお店を出た。
れおくんのマンションに帰ると、綺麗好きの私たちはすぐに服を脱ぎ一緒にシャワーに入った。電気を消しているので手探りで全身を洗う。れおくんは先に私を洗い、その後で自分を洗った。私はその姿を見てとても楽しくなる。
れおくんが私を後ろから抱きしめた。私は心地よい気分に包まれる。そしてキスを交わす。
シャワーを出ると、私たちは強く抱きしめあった。一日の疲れが一気に抜けていく。
「愛してる」
れおくんが私を見つめて言う。
「私も愛してる」
私がれおくんを見つめて言う。
私達は恋人ならではのキスを交わす。
「一秒ごとに好きが成長するよ」
れおくんのささやきがすごく嬉しい。
「大好きなれおくんにそう言ってもらえてとても幸せよ」
れおくんが私の体を愛し始めた。
抱きしめられて、見られて、恥ずかしい。少し太ってしまった自分の体を重く感じる。
しばらく私たちはそのままの状態で見つめ合っていた。お互いの存在を慈しむように。
そして、小さなキスをした。
「大丈夫?」
彼の、優しく、心配そうな声に私はただ頷いた。
そして、とうとう私たちはひとつになった。
何も言えない、何もできない。気もち良すぎる……。
私たちは長い時間じっくり愛し合うと、お互いの身体の感覚を自分の心に刻み込んだ。相性の良さが愛しさを大きくした。
キスを交わしてふたりの初めてを終えた。
ベッドでまどろんでいると、れおくんの寝息が聞こえてきた。
「おつかれさま」
れおくんの額をなでながら囁く。れおくんはアルバイトといっても社員と言えるほど社内で自分の仕事を持っている。そして、大学。かなり疲れているだろうことは想像できる。そして私の存在。プラスになれば良いけれど。重くならない様に気を付けなければ……。
れおくんの隣に寝ころび、れおくんの顔を眺めながら私はそう思った。
・れおの進路
私たちは、平日はれおくんの部屋、休みの日は私の部屋に泊まり、それぞれに予定がある夜は自分の部屋に泊まる。この生活パターンで落ち着いてきた。これによって、私たちは相手に猜疑心を持たず、安心して仕事や学業に専念できる。
私は一段とハードに仕事をこなし、れおくんは自分の将来の職業を固めつつあった。
そんな時、れおくんが突然言い出した。
「内定を全て断ろうとかと考えているんだ」
「え! びっくりしたけれど……いろいろ考えたのね?」
「うん。教授になりたいと思ってきたんだ。自分の学んだことを誰かに伝授したいんだ」
決心した目だ。
「いいわね。お手本になるような教授がいるの?」
「ううん。逆にいないんだ。だから、学生がお手本にしたい、と思ってくれるような教授になりたいと思ったんだ」
やわらかな表情と物言いだけど、れおくんの目は輝いている。
「なるほどね~。いい考えね。れおくんは自分をきちんと持っているし、賢いし、優しいから良い教育者になると思うわ。上から目線だけの偉ぶった嫌な教育者になることはないでしょうから」
「ありがとう。そのための試験がもうすぐあるんだ。だからバイトはしばらく休もうと思ってる」
その言葉を聞いて私は少しさびしくなった。それが顔に出てしまったようで、れおくんは私の顔を不安気に見つめる。
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない。ただ、しばらく会えないのね。なんだかさびしくなっちゃって……」
「会えないって? どうして?」
「だって、バイト休むんでしょ? 勉強する時間が必要なんだから試験が終わるまで私たちも会わない方がいいんじゃないかと思って。れおくんの邪魔になりたくないもの」
「え? それは困る。りるがいるからぼくは教授になりたいと思ったんだよ」
「私がいるから? 私がバカだから勉強を教えたくなってくれた?」
「違うよ。そうじゃなくて、君も自分の仕事というものを持っているだろ。それを見ていてぼくもそういう仕事が良いと思う様になったんだ。りるはぼくの人生の指標だよ。年上だから余計に指標になった」
「私があなたの指標? なんだかしっくりこない表現だけど……。だって、私、バカだから……」
私は自己評価をストレートに話す。
「ハハハ……すごく低い自己評価だね~、おもしろい!」
れおくんが大笑いする。
「だって~、ドジだし、理数全然できないし、消費税の計算もパパッとできないのよ。バカでしょ?」
「いやいや違うよ。勉強ができないのは、たいていやってこなかったからであって、きちんとやって覚える気になればできるんだと思うよ。ある程度までなら伸びるよ。しかも、文系向き、理数向きというのがあるんだからどちらかでいいんじゃないの? 両方優秀な人なんてあまりいないよ。受験生くらいじゃないかな? 受験生だって受験が終わってしばらくすればどちらかに傾倒して、どちらかが薄れていくんだ。それでいいんだよ。君はアナで文系なんだから理数はできなくても良いしドジなのはバカなんじゃなくて性格。次から次にいろいろなことを考え覚えようとするから、今現在やっていることへの注意力が散漫するんだ。だからドジをするんだと思うよ。それは仕方がないよ。性格、キャラクターだよ」
れおくんは私に対する分析を展開する。
「ぼくから見たらりるは可愛いよ。だから、君を放っておけないわけだし、守りたいと思う。その反面指標にもなっているんだから最高のパートナーだと思うよ。身体の相性のこともあるし……」
れおくんにそれを言われ、私は顔が赤くなるのがわかった。れおくんも心も体の相性も良いと思ってくれていることを嬉しく思う。
「ありがとう。私もれおくんを大切に思っているから、それだけは覚えておいてね。大好きよ」
私がれおくんにストレートに気もちを伝えると、れおくんは私を後ろからぎゅっと抱きしめた。気もちがあたたかくなっていく。
「もし、君にとってぼくが邪魔になったらいつでも言って。まだまだ未熟だから」
「ううん。私はとにかく近くにいて欲しいの。安心できるから」
「よし! 勉強と仕事、それぞれを一緒に頑張ろう!」
れおくんが自分と私を奮い立たせるように強く言った。
・れおの休み
次の週かられおくんはバイトを休むことにした。長期休暇ということになるので休みに入る前日みんなで飲み会を開くことになった。
私たちはとてもいいカップルになってきた。自分たちは意識していないが、気もちに穏やかなゆとりが出てきて、それに周りは気がつき始めたようだ。
メイク室では……
「今日の飲み会イタリアンよね~。楽しみ! あそこに行くのは初めてなの!」
先輩アナが誰にともなく言う。
「あそこ美味しいですよ~。私たまに行くんですけど何を食べても美味しいんです」
私が先輩の話に答えると後輩アナが突然聞いてきた。
「ねえ、りるさん、彼氏できました?」
「何よ~、変なの~。急にそんな質問してきちゃって。そんな風に見えるの?」
「見えますよ~。どんな彼氏なんですか? 年上? 年下?」
後輩アナは興味津々といった感じで私に聞く。プライベートのことはあまり触れて欲しくないのに……。私も聞き返すことにした。
「私のプライベートなんてそんなことはどうでもいいの。それより彼氏いないの?」
「いませんよ~。本当はれおさんがよかったんだけど、バイト休むなんて……ショック!」
えっ? 私の方がショックだ。だってこの子はとっても可愛い。それにれおくんより年下。これはれおくんにはヒミツにしておくしかない……。私は心の中で呟いた。
「で、彼氏はできたの?」
今度は先輩アナが私に聞いてきた。
「何だか隠せない雰囲気ですね。はい。できました」
「キャ~! やっぱり~! そうだと思ったんですよ」
と、聞いてきた先輩アナよりも後輩アナの方が興奮している。
「歳は?」
今度は先輩アナが聞いて来たので、答えることにした。
「年下なんです」
「あら~いいわね~年下。いくつ下?」
「1~2歳かな?」
「良い感じね~。きっと大切にしてくれるわよ。ただの私のイメージだけどね」
「そうですね~、今のところは大切にしてくれています。ただ、今後はどうなのかな~、綺麗でいなくちゃって思うとプレッシャーです」
「でも、年下といると若々しくいられる、ってよく言うわよ」
「そうだと良いです!」
「りるさんが年下彼氏ですか~? びっくり! 私は断然年上が良いなあ~。甘えさせてくれそう。私甘えたいもん!」
後輩アナのその言い方が女の子らしくてとってもかわいい。私ならこの子の彼氏になりたい。
「私だって、年下は初めてなの。だから躊躇したけれど……。ね、まあ、この話はこれくらいにして」
私はふたりに言うとメイクルームを一足先に素早く出た。根掘り葉掘り聞かれてついうっかりしゃべってしまっては面倒なことになる。社内恋愛にとやかく言う人はいないだろうけれど、れおくんはアルバイトだし私のポジションのこともある。ヒミツが無難だ。
飲み会に行くと、れおくんの近くに座りたいという若い女性スタッフが大勢いることに驚いた。
れおくんは何の迷いもなくいつも私たちが使っている席に座った。
「なんだ~れお、おまえモテるな~。誰か俺の隣に座りたいっていう女子いないのか~?」
男性アナがれおくんに嫉妬する。 社外ではアナウンサーはモテるかもしれないが、社内ではただのスタッフでしかない。
私がどこに座ればいいか戸惑っていると、お店のスタッフが、
「どうぞ」
と、当然といったようにれおくんの隣の椅子を引いて私に座るように促した。れおくんもチラッと私を見て『座らないのか?』といった表情をする。
「ありがとうございます」
いつものようにそのスタッフに笑顔を向ける。
「い~な~りるさん。普段かられおさんと一緒にいること多いのに~」
「ほんと、また隣に座っちゃって~ずるいですよ」
女性スタッフたちが口々にやきもちをやきれおくんを囲んだ。男性たちがれおくんに嫉妬する。
「れおは彼女いるのか?」
「ええ、いますよ」
「お、あっさり。ひと言で答えるということは、彼女とはうまくいってるんだね~」
「そうですね。彼女のことは大好きなので……大切にしていますよ」
「え~、彼女さん良いな~。羨ましい。どんな感じの人なんですか?」
女性スタッフがこう聞いたところに料理が運ばれてきた。いい匂いが辺りを包み込む。
私が取り分けようとした時、れおくんがいつものように私の手からサーバーを取り上げるとさっと小皿に取り分け私の前においた。
話が続いているようなので私は何も言わず料理を食べ始めた。
男性スタッフがれおくんに聞く。
「で、彼女はどんな人なの?」
「彼女はクールなイメージなんですけど、本当は甘えてくるとってもかわいい女性なんです」
れおくんがこう言ったのを聞いて、私は赤ワインを吹き出しそうになった。
れおくんがすぐにポケットから私がアイロンをかけたハンカチを取り出し私に差し出す。
「飲みすぎないように」
「うん。わかった。ありがとう」
「りる、れおの彼女ってクールに見えるのに甘えてきてかわいいんだって。そんな女いると思うか? いないよな~?」
「ハハハ……。れおくんがそう言っているんだから、れおくんに対してはそうなのかもしれないわよ。そんな彼女なら素敵じゃない!」
私は自分のことなので何と言ったらいいかわからず、そんな曖昧な言葉で逃げる。
「そうなんですよ~、素敵なんですよ~」
れおくんはそう言いながら私の方を見た。私たちは『ハハハ……』と、笑った。
れおくんが私の顔をまじまじと見る。
「顔が赤い。飲みすぎてない?」
「そんなに飲んでないもん」
れおくんは、私の手のワイングラスとお水のグラス交換する。
私はグラスを両手でつかみ手を冷やす。気もちが良いということはアルコールが回って来たのかもしれない。
れおくんがみんなと話をしている横顔をじっと見ていると、れおくんの首に触りたくなった。れおくんの細くて長い首は私のお気に入りだ。
私がれおくんの首にちょっと触れると、れおくんは、
「冷たい!」
と言って、私の肩を抱き寄せた。
「い~な~」
女子たちが言ったものの、誰も私たちがカップルだということは想像できないようだ。きっと姉弟のようにしか見えないのだろう。可愛くて若い女の子たちが、「れおさん、れおさん」と賑やかに顔を赤らめるのを見ると、何だかモヤモヤした気もちになってきて早く帰りたくなった。
ちょうどレストランの貸し切り終了の時間が来て、私たちは解散することにした。
女性スタッフがもっと飲みたいと言ったが、私がほろ酔いになったことでれおくんが帰ると言い出した。それじゃあ近くまでで良いから送って欲しいと言う女性スタッフもいたけれど、れおくんは私を送って行くからダメだときっぱりと断ってくれた。その姿を見て私はますますれおくんを好きになる。元カレの女性にだらしのない姿を見過ぎて嫌悪感を抱くほどになっていたから比較してしまい、余計に素敵に見える。元カレとの時間がとてももったいなく感じた。
私は自分の性格に気がついたことがある。私は『嫉妬』をしないのではなく、これまで恋愛した元カレ達に嫉妬するほどの魅力を感じられなくて、嫉妬するほど好きになれていなかったんだと思う。れおくんに対して女の表情を向ける女性スタッフ達の態度を見て、モヤモヤした気もちになって初めて『嫉妬』という感情を味わっている。とても辛くて自分を嫌いになりそうだ。そんな思いを抱きながら、私は今夜もれおくんに抱きしめられてベッドにいる。
なかなか寝つけない私はベッドから抜け出してワインを飲み始めた。
れおくんの大学のテキストを見てみると、なにがなんだか全然わからない。理数系なのはわかるけれど、全く読めない。数字、記号、グラフ、数式……。見ていても楽しくないし心も動かされない。心はあんなに温かいれおくんだけど頭の中はこんなにクールなんだな~、と思うと、自分とは呼吸する世界が違う人なのではないか? という疑問さえ湧いてきた。
それに、今日の女子達の態度……また目に浮かんできて気もちが重くなる。
「どうした? 眠れない?」
後ろのドアが開くのと同時にれおくんの声がした。
「うん、難しい勉強をしているのね」
「ああ、うん、そうなのかな? 文系の人にしてみたら、何のことやら? って感じかもね」
「うん、ほんとそうね」
「理数系の人が文系のテキストを読めない、っていうことはないでしょ? でも、逆は大いにあるのかしら? それとも私ができな過ぎるのかな~?」
「あるよ。それは仕方がないよ。理数系はわざわざやるものだけど、文系は日常生活に入り込んでいるからね~、りるだけじゃないよ。同じ大学で同じ学部でも専攻が違えばぼくのテキストが読めない、って言うやつもいるよ」
「へ~、そんなもんなんだ~。そこまで専門的な勉強をしているんだ。なるほどね~」
私が感心していると、れおくんは私を後ろからきつく抱きしめた。
「りる、いい匂いがする」
「同じボディソープを使っているわよ」
「でも、りるだけのいい匂いがするよ」
「ありがと。ねえ、あんなにモテるのってどんな気もちなの?」
「う~ん、ちょっと面倒かな?ぼくは自分が好きな相手を沢山愛したいし愛されたいんだ。自分にとっての女はひとりで良い。だからあんな風にされるのは嬉しくないし、正直怖い」
「怖い?」
「うん。ひとつは取って食われそうで怖い」
「ハハハ~! 食っちゃう女っているかな~?」
「いるよ! グイグイ来る女いるよ。怖い程に来る女」
「え……いるんだ……。経験あるの?」
「うん。高校の時。断ったのに、朝家の前にまでいた。冷たくしたり無視したりすると暴れるんだ。で、親に話をして、その子の親と学校に言ってもらってやめてもらったんだ。たまたまぼくが進学校だったからあれですんだけど、ぼくの成績が悪かったら全部ぼくの責任になりそうな感じだったんだよ」
「重いわね」
「うん」
「どんな子だったの?」
「おとなしくて成績が悪い。外見は太っていて女子には見えない。好きな男を追い詰めるなら可愛くなろうとか勉強頑張ろうとか思わないのかな、って思うんだけどね。だから逆にすごいと思ったよ。そのままストレートに当たって来るんだから」
「なるほどね~。自分の気もちしかそこにはなかったのね」
「で、今一番怖いのは、りるがぼくの今日のようなところを見て嫌気がさしてどこかに行ってしまいそうなこと。りるもモテるからぼくも気が気じゃないけれど、ぼくは自分の気もちを知っているから大丈夫。でもりるはぼく自身じゃないから気もちがわからないだろ? それだけに不安で怖いんだ。りるが好きでしょがない」
「れお~。愛しいよ~。大好きよ~。大丈夫よ~。何があっても愛し続けるわ! 心配しないでね」
「頼むよ、りる」
私たちは激しいキスで気もちを確認する。自分達の不安な気もちを話し合って、私たちは一歩進んだ信頼関係を築き、愛し合って抱き合って眠った。
・ラブラブなふたり
れおくんがアルバイトを休んでからしばらくして試験があった。
優秀なれおくんは一次の筆記試験をトップの成績で合格した。
私は大きな安堵感に包まれた。ずっと近くにいたかられおくんの勉強の邪魔になっているのでは……と、不安になることが多々あったからだ。かといって、私が自分のマンションに帰ってしまえば逆にれおくんが不安になって落ち着かなくなってしまうことも考えられる。この間、私は残業といって特にやることもないのに遅くまで会社にいることもあった。飲んで帰えれば臭いでわかってしまうだろう。年上の社会人彼女として私なりに気をつかった。今後のテストは2次筆記、3次筆記、そして面接ということだが、面接ばかりはどうしようもない。お互いに知っている教授陣を相手にしての面接では練習のしようがないし、練習したところで性格の合う合わないが基本になってしまうのが面接試験でもあると私は思う。私はこう考えていたし、れおくんも同じようなことを言っていた。
面接の前に遠方で行われるセミナーに参加しなければならない。
「10日以上も留守にするよ」
と、れおくんは言った。
ある日、私は制作系の特番を抱えていたのでかなり遅くまで仕事をしていた。
「疲れた~」
多くのスタッフからこの声が聞こえる。みんな残業続きでへとへとだ。
日付が変わる頃、私が一番早く仕事を終えて帰り支度を始めると、男性スタッフが私のところに来た。
「終わった? 終わったなら飲みに行かないか?」
「え、今から? こんな時間よ」
「うん、飲みたいんだ」
「近くで開いているお店あるかな~?」
「調べてみるよ」
男性スタッフがこう言ったので、その間に私はほかのスタッフに飲みにいかないか聞いて回った。10人ほどのスタッフが参加すると言った。
先の男性スタッフも開いているお店を見つけさっそく予約を入れている。
私はれおくんに電話をして飲み会の話をした。れおくんは、ぼくも参加したいと言い、私はスタッフたちにスペシャルゲストが参加することになったことを伝えた。
新しい感じのおしゃれな居酒屋に入ると、れおくんはもう来ていた。
「スペシャルゲストの方が早かったみたい」
「おお、れお~、試験どうだった?」
スタッフたちが、試験はどうなったのか、れおくんに聞く。
「おかげさまで、一次試験は合格しました。この後は遠方でのセミナーに参加して、そのあと試験が二つと面接があります。でも面接は練習のしようがないのでそのときは一度バイトに戻ろうかとも思っているんです」
「よかった! よかった!」
みんなはれおくんの努力を讃えてくれた。
「ありがとうございます」
れおくんが言うのと同時に私まで
「ありがとうございます」
と言ってしまった。
みんなの『???』の視線をかわすために、
「何を食べよっかな~、お腹すいたね~」
と言ってごまかす。
飲み会がスタートしてから20分ぐらい経つと、早くも酔い始めるスタッフが出てくる。
れおくんのファンを名乗る女性スタッフが、れおくんに質問し始める。
「れおさんって若いのにすごくセクシーですよね~、彼女さんのこと週に何回ぐらい抱いているんですか?」
突然プライベート過ぎる質問をしてきた。
「それは愚問でしょ~。ダメよ、そんなこと聞いちゃ!」
私はあわてて遮る。それに対して男性スタッフが言う。
「あ、俺もそれ聞きたい」
「俺も!」
「おれも! セクシーって女性から言われたいもん」
男性たちが話に乗ってくる。
「それは、ぼくのプライベートなことなので秘密ですよ」
れおくんはあえて私を見ずにクールに答えた。
「え~、聞きたいよな~。減るもんじゃないんだし、教えろよ~」
他のスタッフも興味津々だ。
「ぼくの話なんてみなさんの得にはならないと思いますよ」
「いや、なるなる。得になるって。その若さにもかかわらず、セクシーで落ち着きがあって、賢くて、良い男すぎるぞ。しかも、バイトを休む少し前からの変化と言ったら聞かないわけにはいかないぞ」
少し年配の男性スタッフが言うと、
「ハハハ……ありがとうございます。毎晩抱いています。愛情確認とエネルギーの充電のためにですよ」
れおくんは正直に言ってしまった。
「え~、いいな~彼女さん。羨ましい! ね~、りるさん、羨ましいですよね」
と、私に話をふってきた。
「えっ……何で私に言うのよ~」
「毎晩か~、若いな~」
年配の男性スタッフがつぶやく。
私にはわからないけれど、男性は女性と愛し合う行為で男としての自信を得られるらしい。
「い~な~、彼女さん。こんな素敵な彼氏に、毎晩だなんて。彼女さん年上ですよね~? もし彼女さんに飽きて別れるようなことがあったら、次は私を彼女にしてください!」
れおくんより年下の女性スタッフがくねくねしながらお願いしている。
「ぼくが彼女をふることはありません。ふられることがあっても……」
私は信じてもらえていないみたいでショックを受けて思わず反論する。
「それはないわ! 私はいつも危機感を持っているのよ。ふられるのが怖いから、今すぐにでも別れたい……」
勢い余っていつも不安に思っていることを口に出してしまった。
「え? どういうこと?」
れおくんが、即、反応した。
私は、自分の発言した言葉の内容を否定するように
「あ、ううん。何でもない。ごめんなさい」
と、小さな声で言ったが、れおくんの目は笑っていない。そして私を一瞥した後、
「あとでゆっくり聞くよ」
と、言った。みんな、私たちの会話を変な風に思わずにいる。当然だ。相変わらず私たちがカップルだなんて誰も思っていないから。似合っていないということかもしれない。
お酒のせいか、れおくんがモテすぎるせいか、私は卑屈になってきた。
「飲んじゃえ! 明日は休みだ!」
「でも~、れおの彼女ってどんな顔なの? 可愛いの? 美人なの?」
男性スタッフが執拗に聞く。この会社は若いので、必然的に若いスタッフが多い。ということは結婚適齢期と言われる年頃の人が沢山いるということ。否応にもパートナーがいるというだけで話をされてしまうのだ。私はひやひやするし飽きるが、アルバイトという立場のれおくんは質問に答え続ける。
「前にも言ったと思うんですけど、美人です。でもプライベートはナチュラルで可愛いんです。甘えてくれるし、キュートだし。ぼくにしか見せないところが良い」
「そんな女性は絶対いないって! いたら会ってみたいよ! そうだ! 彼女に会わせてよ!」
うるさい。ほかのスタッフたちも
「会いたい、会いたい、会ってみたい!」
と、しつこいので私はうたた寝してしまう。
「ハハハ……」
大きな笑い声で目が覚めた。
「りるもれおの彼女に会いたいよな?」
男性にスタッフに聞かれる。まだ続いていたのか……。
「みなさんが会っても、綺麗な彼女だね、で終わっちゃいますよ。だって彼女はぼくにしか甘えませんから」
れおくんは自慢気だ。
みんなのやり取りを見ながら私はまたひたすらお酒を飲む。
飲んでいたらトイレに行きたくなった。立ち上がると少しふらついた。酔っている。
「りるさん、トイレに行くの?」
「うん。トイレに行くの」
私が言うとれおくんも立ち上がった。つきあってくれようとしている。
「ひとりで行けるよ」
私は強気に言ったがれおくんは座らない。
「れおくんもトイレに行きたいの?」
れおくんは頷いた。
トイレの前に行くとれおくんがドアを開けてくれて私を入れた。トイレを終えるとれおくんが待っていれた。
「酔ったの? さっきの別れる話は冗談だよね?」
れおくんが不安気な表情を見せている。
「ごめん……なさい」
私が謝ると一段と不安気な表情を見せる。
「何で謝るの? 嫌いになった? 本当に別れたいと思っているのならぼくの面接が終わってからにして」
「れおくんの気もちが変わってしまって……どこかに行ってしまうのが怖いの。あんなにモテているし……」
れおくんがキスをしてきた。私はれおくんのキスを受け入れる。
「大好き……」
「それでいい」
そのれおくんはちょっと怖かった。
私たちが席に戻ってもみんなはまだれおくんの彼女の話を続けていた。いいかげんしつこいくて苛立つ。
れおくんの顔を隣からじっと見つめてみる。素敵。こんな素敵な人が近くにいたなんて、気が付かなかった。アルバイトだから? 女性は彼氏になると、一段と素敵に見えるものだと思う。でもきっと男性は逆だと思う。彼女にする直前がピークでその後は下降線。そんな感じがする。あの元カレがそうだったから先入観なのかもしれないけれど、もし私のその考えが当たっているとしたら、彼女になってから私を大切にしてくれるれおくんは貴重な存在だ。だけど今は私の想いの方が大きいということ。不安でしょうがない。とっても怖い。れおくんを誰かに奪われたらどうしよう。目に涙が滲んできた。
「どうした?」
れおくんが私の視線に気がついた。
「ほんとに素敵だな~、って見とれていたの」
「嬉しなあ。本当にそう思ってる?」
「うん。思ってる。大好き」
私はそう囁いてれおくんの頭を抱きしめた。
「お腹がすいたよ」
れおくんが少年のように私に言ってきた。
「遅い時間だったから、あんまり食べるものないものね」
みんなだいぶ酔ってる。
「食べるものは少なかったけど、お酒だけはたくさん飲んだね。りる、大丈夫?」
「うん、大丈夫。帰ろっか。私もパスタが食べたくなっちゃった」
「またパスタ? 昨日も食べたよ」
「そうだった、夕べもパスタを食べた」
「じゃあ、ショットバーに行って何か食べようか。まだ開いてるだろ?」
「それはいいね~。そうしよう」
「あそこフード系美味しいもんね」
「じゃあ、私たちお先します」
私がみんなに言うと、
「俺たちもそこに行くよ」
「私も~」
「俺も~」
と、みんなが来ようとしている。
「じゃあ、みんなで行きましょう!」
と、れおくんが言ってしまった。
「え、どうして?どうして良いって言うの? だって~……」
私は少し拗ねた口調になる。
「食べたら、すぐに帰ろう!」
「うん、それならいいよ~」
私は妥協する。
「れおさん、腕組んでもいい?」
女性スタッフが甘える。
「それはダメですよ。好きじゃない……、というか、彼女以外の人とは腕は組みたくありませんよ」
れおくんがきっぱりと言ってくれた。
『嬉しい!』私はニヤニヤしてしまう。
ショットバーはかなり空いていた。
「れおさんの隣に座りたい」
かわいい女性スタッフがはしゃぐ。
「ごめんね~、隣は私が座るの」
「りるさん、さっきも座っていたじゃないですか! 怒っちゃいますよ」
「なんだ~、れお本当にモテてるな~。羨ましいぞ!」
「でも、ぼくは彼女だけですから」
れおくんがまたきっぱりと言ってくれた。すごく嬉しい! ますます大好き! って思ってしまう。でも、こういう発言が女子は好きだからますますモテちゃうのよね。
私たちは、飲んで、食べて、喋った。隣にれおくんがいると、とても安心できる。たまに身体が触れるとドキドキする。
れおくんの顔を見てニヤニヤしていると男性スタッフが私に聞く。
「りる、キャラ変わった?」
「私? どうして? 変わってないよ。これがいつもの私よ」
「ちょっと酔ってきたかな? りるさん帰りますか? 送りますよ」
れおくんにこう言われたけれど、私はお酒を飲みたいモードになってしまっている。こうなると酔いつぶれるまで飲みたいのが私。それに一緒に帰ってくれる大好きなれおくんが隣にいるとなると一段と飲みたいモードになる。
「いや! もっと沢山食べたい‼ ピザが食べたい! あ~、でも、眠くなってきちゃった」
私はれおくんに甘えてしまう。
「じゃあ、ピザを食べたら帰りましょう」
「うん、わかった。くっつきたい」
れおくんが私のウエストに手を回し、ぎゅっと自分の方に引き寄せてくれた。私は嬉しさのあまりへらへらと笑ってしまっている。今ここですぐにでもキスしたい。
「え、何で? 私たちはダメで、りるさんは良いの? なんかずるい!」
「それって、アナだし年上だからとか関係あり?」
「いいえ、それは関係ありません」
れおくんが断言した。チーズのいい匂いをさせながらピザがきた。
「美味しそう!」
すぐにでも食べたい。でも私は熱いものが食べられない。
れおくんがピザをフーフーして冷ます。一口食べて熱くないかどうか確認してくれる。
そして……。
「うん、大丈夫。熱くない」
れおくんが私の口にピザを入れた。
「美味しい! 食べてみて! 本当に美味しいよ」
私はみんなにすすめた。
チーズたっぷりの美味しいところだけ私が食べて、端の生地のみのところはれおくんが食べてくれる。
私の手はれおくんの太腿の上においてある。パクパク食べる私を見て、れおくんが私の頭をなでた。
「すごく仲が良いんだね~。れおさんの彼女がこれを見たら嫉妬して激怒するよね~」
「ほんと、私でも嫉妬しちゃってるのに~」
と、女性スタッフ達が嫉妬している。
「何?」
みんなの視線を感じて、すっかり酔ってる私が聞くと、みんなが『別に~』という顔をした。
「ねえ、れおくん、このドリンクね、すごく美味しくないの」
れおくんが一口飲む。そして、何も言わず、自分のドリンクと交換してくれる。天井が歪んで見えてきた。
「あ~、眠くなっちゃった。レオくんキスして」
「みんなが見てるよ。酔ったんだね」
「あ~ん、本当に眠い。天井が歪んでいるの。だからキスして。ねえ、れおくん、お願い」
「変な日本語になってるよ。疲れているから余計に酔いが回るのが早いんだね。すみませんみなさん、ちょっと見ないでもらえますか?」
れおくんが私の頬に軽くキスをしてくれた。すごく嬉しい! 私は笑顔でれおくんの顔を見つめた。
「私にもキスをして~」
女性スタッフ達がれおくんに甘える。
「ハハハ……。酔うとみんなの前でも甘えたくなっちゃうんだね~、困ったね~」
困った顔のれおくんが愛しくて、私はれおくんの首にキスをした。
「れおくんの首が一番大好き」
「汗臭いからやめなさい」
「全然臭くないよ。逆にいい匂いがするの。だから大好き~」
私は自分の顔をれおくんの首にくっつけている。安心する匂いがする。パートナーの匂いが大丈夫だと相性が良いというは本当のようだ。
聴衆……といっても一緒に飲んでいる仲間たちがじっと私達を見ている。同僚男性が
「なんだか、俺、りるが可愛く見えてきた」
と呟いた。
「気もち悪いよ~、れおくん助けて~」
「ハハハ……大丈夫だよ」
「アイスクリームを食べたら帰る」
れおくんがストロベリーアイスをオーダーした。
そして「あ~ん」と私が口を開けると、アイスがイン。れおくんが私にアイスを食べさせる。それを繰り返す。最後のひと口はれおくんが食べた。
「仲良すぎるんじゃない? 彼女さんが見たら絶対怒るよ!」
「大丈夫ですよ。ぼくは彼女一筋ですから」
私は嬉しさでニヤニヤして鼻の下が伸びてしまった。
「りる、れおは彼女がいるんだ。諦めて俺にしな」
同僚男性が私に言った。
「おえっ。気もち悪い。イヤだよ~。私は信頼できて好きな人じゃなきゃ嫌なの」
「あ~あ、飲み過ぎなんだよ。ぼくは、本当に心配なんですよ。飲むとこんなになってしまって。隙を作りすぎですよね。困ります。もうすぐ遠方でのセミナーに参加する予定なので、みなさんぼくが戻るまで彼女のサポートをよろしくお願いします。もしぼくが戻るまでに飲み会があったら連絡してください」
れおくんが心配そうにみんなにお願いしている。
「まるで、れおの彼女は、りるみたいだな~」
「さて、帰ろう! 帰ったらすぐにシャワーに入らなきゃ!」
「うん、わかってるよ。じゃあ、ぼくはりるさんを送って帰りますから。お先します。お疲れ様でした」
れおくんはみんなにこう言うと私の手を握った。
「もうすぐバイトに戻るんでしょ? また一緒に仕事できるんでしょ?」
「そうだよ。でも、それまでに飲み会があってもこんなに飲んじゃだめだよ。心配だからね。心配しすぎてぼくが試験に失敗したら大変だろ?」
「うん、それは大変。わかったわ。飲みすぎないように気をつけるね。帰って来るまで良い子でいます!」
私は宣言した。
「よし! 良い子だね。可愛いよ!」
「でも……本当は私もに行きたいな~」
と、私はわがままを言った。
「それはぼくも嬉しいけれど、会社、休めないでしょ」
「私が番組代わってあげる~」
と、女性スタッフが言ってくれた。
「かわいい後輩ちゃんありがとう。すごく嬉しい! 代わってねよろしく~」
「オイオイ酔っ払い、誰も許可しないだろ」
「キャ~、怖い!」
「りる、女子みたいで気もちわり~」
男性スタッフに気もち悪がられた。
そんな会話をしているうちにれおくんのマンションに着いた。
「じゃあね~、バイバ~イ」
スタッフ達に手を振り解散した。
「ただいま~」
ふたりで言ってれおくんの部屋に入った。
すでに自分の部屋よりリラックスできる空間になっている。
ふたりでシャワーに入り、髪を乾かすと一気に眠くなった。
ソファに座ったれおくんの上に私が横たわるとれおくんの指が私の顔を撫でる。その優しい指づかいが私を一段とリラックスさせてくれる。いつの間にか私は眠ってしまった。
トイレに行きたくなって目が覚めるとベッドの上で寝ていた。リビングの方から声が聞こえてくる。リビングに行くと、先ほどまで飲んでいた男性スタッフと女性スタッフがいて、れおくんと3人で話をしていた。
「どうしたの? びっくり!」
まだお酒が抜けていない私が驚く。
私はフリフリのパジャマを着ている。
「りる、トイレ?」
「うん。何でいるの? あ、先にトイレに行って来る!」
リビングに戻ると、男性スタッフが言う。
「ふたりの様子が変だから、探りに来たんだよ」
「ふ~ん。手足は洗った? 汚いままであちこち触らないでね。何なら、私の部屋着とれおくんの部屋着を貸すから着替えてくれるとありがたいんだけど……」
「すみません。りるは家では無類の綺麗好きなんですよ」
れおくんが恐縮している。
「恐縮することないよ~。ここにはここのルールがあるんだから。しかも、招いていないのに来ちゃったんでしょ? こんなに遅くに……。私たちの大切な愛の時間を邪魔するなんて……酷いよ~。れおくんに甘えたいのに酷い……」
私が泣き声できつめに言った。そして、れおくんの後ろに座りバックハグをした。
「大好き」
私がれおくんに言うと、れおくんは後ろ手に私を抱きしめてくれた。
「本当にこの女性はりる? 可愛すぎないか?」
「信じられない。いつもはあんなにクールなのに……女性スタッフの中で一番クールよ」
「ハハハ……、これがぼくにとってのいつものりるの姿なんですよね~。いつも甘えてくる。このギャップが可愛いんですよ」
「これがりるの本性なのね~。違う女性みたいで変な感じがするわ」
「でも、このことはここだけの秘密にしておいてくださいね。彼女の立場もありますし。ぼくはただのアルバイト、部外者だから良いですけどね」
「わかってる。俺達もこんなに遅くに押しかけて約束破りはできないから秘密は守るよ」
こうして、私は彼らに本当の自分の性格を見せてしまった。そんな私を再び睡魔が襲う。れおくんの背中はとっても大きくて心地良い。
「もう寝るの。おんぶして」
「甘えっこだな~」
れおくんが私を背中に乗せて立ち上がった。
「バイバ~イ。おやすみ~。れおくんはふたりが帰ったら寝室に来てね」
それから少しして、ふたりはやっと帰った。
れおくんは寝室に入ってくると、私の名前を小さな声で呼んで私を起こした。私たちはお互いに慈しむように抱きしめ合い、キスをし、リラックスと元気をお互いから受け取る。軽く愛し合った後で裸のまま抱き合って眠る。
しばらくして、喉の渇きを感じて目が覚めると隣にれおくんはいなかった。
こっそりリビングを覗くとれおくんが勉強をしていた。私はその姿に見とれる。すごく素敵。顔、体、性格、そして賢いところ。そのすべてが素敵。私はそう思いながら再び眠りについた。
・れおの出発
れおくんが大学院のセミナーに行く日が来た。
約二週間もの間れおくんがいないと思うととてもさびしい。私も仕事がいそがしい時期ならそう感じないのだろうけれど、今はごく普通だ。ちょっとした事務手続きのために、れおくんも出勤した。
「れおくんがいなくてとてもさびしい。でも、心の中でれおくんを支えているからね。いない間、私は自分のマンションに帰ってるね」
「うん、ありがとう。毎日電話するよ」
「わかった。私からもするわ」
私は努めて明るく言ったが涙が溢れてしまった。
「キスして」
「会社だよ」
「誰も見ていないから大丈夫よ」
「沢山の人が見ているだろ」
「確かに人が多い時間だけど……」
私は、れおくんの手を掴み、メイクルームに連れて行った。誰もいない。急いで鍵をかけてふたりだけの空間を作る。
私たちはお互いを慈しむようにキスを交わした。そして、れおくんは私の首にペンダントを掛けてくれた。
ハートのダイヤが美しく輝く。私の好みのデザインだ。
「わあ!素敵~、すごく嬉しい! ありがとう」
鏡で見てみるととっても似合ってる。
「どういたしまして。喜んでくれて嬉しいよ」
「れおくんの帰りを楽しみにまってるね」
私はさびしさと嬉しさといった複雑な想いに包まれれおくんに抱きついた。
「うん。距離があっても気もちは近くにいるようにしよう」
「うん、わかった」
私たちはキスをした。れおくんが私の胸元のボタンを外し、私の胸にキスをする。私は感じるのをこらえながられおくんの動きを目にやき付ける。
そして、れおくんが私のバストを強く吸った。「うっ~」キスマークが付いた。両方のバストにひとつずつ。
私もれおくんのバストにキスマークを付けた。
「これで数日間は、お互いをわすれないね。愛してるよ」
「うん。私も愛してる」
私たちはお互いの愛情を言葉と行動で確認した。
こうしてれおくんは二週間のセミナーに出かけた。
・愚行
れおくんが出かけてしまってからすぐに、私はさびしい気もちに包まれてしまった。
久しぶりに自分の部屋でひとりで過ごす。れおくんとの生活が始まってまだ3か月が過ぎたところなのに、れおくんとの生活にあまりにもなじみすぎて、心地良過ぎて一人の時間を持て余してしまう。暇なわけでも、やることがないわけでもないが、物足りないし、さびしすぎる。
色が濃かったキスマークも黄色っぽくなり、もうすぐ消えるだろう。
毎日電話で話をしても、切ったあとの切なさは計り知れないものがある。
私は部屋の中を右往左往してしまう。
ようやくれおくんの留守が半分過ぎたころ飲み会があった。私はれおくんに電話をしてそのことを伝えた。
「わかった。飲み会に行っておいで。だけど飲みすぎだけはダメだよ。わかってるね。気を付けるように」
「はい。わかりました」
「これからぼくも、友人と、その彼女と飲みに行くんだ」
「わかったわ。でもれおくんも飲みすぎないでね」
「うん。気をつけるよ。お互いに気をつけよう」
「うん、じゃあ、また、あとでね」
電話を切ろうとしたときれおくんが言った。
「りる、愛してるよ」
「ありがとう。私も愛してるわ。れおくんにそう言われて幸せよ。何があっても信じてる」
「ぼくも信じているよ。本当に愛してる。君の恋人でいられることに誇りをもってるよ」
れおくんがそこまで言ってくれた。
私たちは会えない分、言葉でお互いへの気もちを語り合った。そして、気もちを落ち着かせる。
私はれおくんから与えて貰った温かい気もちに包まれて飲み会に行った。
れおくんは、彼の友人とその彼女に会いに行った。
私が飲み会に行くと元カレが来て、なぜか私の隣に座る。元カレはお酒が飲めない。飲み会の雰囲気は好きでいつもいるけれど、アルコールを受けつけない体質なのだ。
「どうして隣?」
「ダメ?」
「ダメ、というか……イヤ」
私がしっかりと拒否する。
私は社内ではクールな女性。この言葉を言っても誰も「冷たい女」とは思わない。私が「イヤ」と言っても元カレは席を動こうとはしない。
私は知らんぷりして飲むことにした。他の席はもう空いていない。
「あんまり飲みすぎないように」
私とれおくんのことを知っているあの女性スタッフが私に注意する。私が頷く。
「あいつ心配して会社に電話してきたぞ。飲みすぎないように見張っていてくださいって」
男性スタッフが小さな声で私に言った。
「すごく嬉しい!」
私はれおくんが気にしてくれていることを素直に喜んだ。
それなのに……いつの間にか沢山飲んでいた。たぶん、れおくんがいなくて淋しい気もちと不安な気もちがそうさせてしまった。ものすごい言い訳だけれど、心のエネルギーが凄いスピードで消耗されていく。
あの男性スタッフが私を怒る。
「りる、飲みすぎだぞ。もうやめな。飲みすぎは危険すぎる。あいつを裏切りたくなかったらもうソフトドリンクに切り替えな」
「うん。わかってる」
と言ったものの、私は酔ってしまった。
隣にれおくんがいるものと勘違いして隣の男をじっと見つめてしまう。そして、甘えたくなる。
「何? どうした?」
隣の男の声に耳慣れしている。よく見るとれおくんではない、元カレだ。
「間違えた。あなたは私の大切な彼氏じゃないわね。じっと見ちゃってごめんなさい」
「あ~ん。酔ってきちゃった。誰か今日うちに泊まって~、ひとりじゃさびしい!」
それを聞いた女性スタッフが困った表情で言う。
「まったく~飲みすぎよ。私、今日は彼の家に行く予定だから泊ってあげられない。ごめんね~」
「あ~、しかたがないね。さびしいけれどひとりで我慢する~」
そう言って、私はれおくんに電話をした。
「れおく~ん、さびしいよ~、大好き、愛してる、会いたいよ~。今すぐにでも会いたいよ~」
私はそんな言葉を連発してれおくんに甘え、困らせる。
れおくんは、私の甘えに応えてくれる。時々友人と思われる声が聞こえてくる。
「近くにいられなくてごめん。あと一週間我慢して。どうしても我慢できなかったら来てくれてもいいし、ぼくが少しだけ帰ってもいいから……」
「ありがとう。我慢するね。愛してるわ。大好きよ。どんなことがあっても信じてるわ」
「ぼくもだよ。愛してるし信じてるよ」
れおくんが優しく言ってくれた。それだけで十分気もちが満たされていく。
「りる! もうやめな」
女性スタッフが私からお酒を取り上げる。でも私は……泥酔してしまった。周りは気が付かないが自分の部屋に帰ったらもどしてダウンだろう。
私は、また、隣にいるのがれおくんだと錯覚してしまう。私の隣にいる男性、と言ったら『れおくん』なのだ。だから隣の男に甘えたくなってきた。そして……案の定、私の手は隣の男の太腿の上におかれた。私はれおくんと元カレを間違えて聞く。
「私のこと愛してる?」
「……」
「私のこと、愛してないの?」
こいつどうしたんだ? というような表情でカレが見ている。
「私は愛しているのに、応えてくれないなんて酷い!」
「愛してるよ。なんだ~、おまえ珍しく酔ってるのか? 顔赤くなってるぞ」
「ううん。酔ってないもん。お願いハグして」
「私もハグ~」
女性スタッフも甘える。
「よし、みんなおいで! ハグしてあげるよ」
「え~、それはダメよ~。みんななんて~。私だけにハグして! 私だけを見て! 浮気しちゃヤダ~! 大好き」
私は隣の男とれおくんを完全に間違えていつもれおくんに甘えて言っていることを言ってしまった。
「わかった、わかった。じゃあ、今日は送っていくよ」
「うん!」
・りるとれおの飲み会
ぼくは友人カップルとのお酒が進んでいた。会ってすぐから友人の彼女の目つきが変わっていたことに、ぼくも友人も全く気がつかなかった。
「れおくん、すごく素敵ですね。かっこいい~。私のタイプです」
友人の彼女に気もち悪く褒められる。
「ぼくですか? ぼくはいたって普通ですよ。ご自分の彼氏の方がカッコイイですよ。昔からすごくモテる。バレンタインなんて大変でしたよ。沢山食べて次の日にニキビ出してたよな。『モテる証拠だ~』なんて言って」
「おいおい、昔のことだろ、彼女の前でする話じゃないだろ」
「ごめん」
昔話を暴露された友人は拗ねる。友人の彼女はぼくたちふたりの話を目を輝かせながら聞いているがぼくの顔ばかり見ている。彼女は女の子らしい雰囲気でキュートで可愛いタイプだ。そして若い。そんな自慢の彼女を、友人はぼくに見せびらかしたかったらしい。彼女の方も自分の可愛さを知っている。
「れお、彼女はいるのか?」
「もちろん、いるよ」
「やっぱいるか。どんな彼女?」
自分の彼女が可愛いのでぼくの彼女が気になるのだろうか。
「俺の彼女は、綺麗でクールで可愛い」
「それはすごい! いいな~。でも、そんな女性いるか? 学生?」
「いるんだな~これが。学生じゃないよ。バイト先の局アナだよ」
「え~、そうなんだ。局アナかあ」
「うん、局アナでメインキャスターなんだ」
「学生のイチアルバイトが、局アナとどうやってつきあうことになったんだよ」
友人が突っ込んで聞いてきた。疑問と興味が同時にやってきたらしい。
「フィーリングとタイミングが合っただけだよ」
「へー、それだけで恋人関係になるなんて……。どっちから言い出したんだ?」
「ぼくだよ。男だもん、当然だろ」
「歳は……上?」
じっと黙って聞いていた友人の彼女が話に入って来た。
「上。少しだけどね。恋人であり、人生のお手本だよ。頑張り屋さんだから尊敬してるんだ。しかも可愛いから愛してる」
ぼくはきっぱり言った。
「上なんて、ダメだよ~。全然可愛くないよ~。れおくんには似合わない。私みたいに可愛いタイプの方がずっと似合うし、見た目もいいカップルになれるわ~。そう思うでしょう?」
友人の彼女は自分の彼氏の前にもかかわらず、平気で彼氏の友人の僕にぐいぐいくる。
「何言ってるんだよ、君は俺の彼女だろ」
友人は自分の彼女にストップをかけて言った。
「でも、私の方がれおくんには合っていると思うんだもん……」
「そんな変な冗談はやめにしよう」
友人も同意してぼくたちは笑った。
「本当にれおくんの彼女になりたくなっちゃった。私って可愛いから、絶対私といたら周りから羨ましがられるわよ。ね、れおくん」
友人の彼女はそう言うと不気味に笑った。
ぼくたちの話題は試験に移行していた。その話題は彼女には全く興味のないものらしい。
「ずいぶん大変そうなテストだな~、俺には到底無理だ。れお、優秀だな~」
「ぼくにとってもすごく難しいよ。でも、たぶん彼女の支えがあればどうにかなりそうな感じがするんだ。彼女の日ごろの努力を見ていると自分も頑張らなきゃいけない。って思うんだよ。そう思うとすごく努力できるんだ」
「すごく良いパートナーなんだな。羨ましいよ」
「うん、そうだね。彼女を愛してるよ。今までは楽しく過ごせる相手が彼女っていうことが多かったけど、今はそれだけじゃ物足りないし時間のムダに感じる」
ぼくはふと、りるのことが心配になった。飲み会でどんなことになっているんだろう……。大丈夫かな。
友人は、隣に座っている可愛いだけの彼女を見ている。
「自分にプラスになる彼女か。それって奥さんみたいじゃないか?」
「まあ、どうだろ」
「彼女なんだから楽しければそれでいいと思うけどな」
「価値観だろうね。ぼくは楽しいだけの彼女はもういらないな。勉強もあるしさ」
「そっか」
「君たちカップルが仲良くて楽しそうで良かったよ」
それからしばらくしてぼくらは解散した。
「酔ったから帰りたい~」
「私も~」
「解散にしよう!」
その日の会社の飲み会は、どのスタッフも酔ってしまった。翌日は休みだからみんな気が緩んでいる。もしかしたら、私が一番泥酔してしまったかもしれない。みんなの前ではしっかりしているつもりだけど目が回っている。はっきり物が見えていない。誰も気がついていないみたいだけど全てが歪んで見えている。
「りる、送ってくぞ」
「うん」
私は少し歩くとさらに酔いが回ってきて隣の男を見上げた。どうしても自分の彼氏のれおくんに見えてしまう。
「おんぶして」
「子どもになったのか?」
「たぶん子どもになった! おんぶはダメ?」
「りる、可愛いな~。よし! 乗りな!」
「いい気分~」
私は首にしがみつく。
そして、歩くこと数十分、
「着いたぞ。降りな」
「うん」
着いたのは私がよく知っている部屋だ。違和感など全くない。
「シャワー、使いな!」
「洗って!」
「俺が?」
「ダメ? 自分で洗うの面倒くさい! いいでしょ? 洗って!」
「なんだ~、おまえ可愛いな~。いいよ、いいよ、洗ってやるよ」
カレの鼻歌を聞きながら全身を洗われていると酔いと眠気に襲われる。
シャワーから出ると何もしたくない。というか、できない。
「髪乾かして」
「これも俺がやるのか……」
「うん。ダメ? めんどくさい?」
「わかった。わかった。やるよ」
ドライヤーの音はうるさいけれど、髪を乾かしてもらうのは気もちがいい。
「眠い……。もう寝ようよ」
「ああ、片づけて来るから先寝てろ」
「まってる」
「ああ」
カレはドライヤーを洗面所の元の場所に戻し私のところに戻ってきた。
そして、黙って私を抱き上げ寝室のドアを開けた。ベッドに私を優しく寝かせると自分も私の隣に横になった。
私たちは抱き合った。男性の柔らかい肌触りが、私を安心させてくれる。
私はカレの唇にキスをした。
「りるからキスしてくるなんて初めてだな。可愛い。愛してるよ」
そして、カレが私のパジャマを脱がせようとした時、吐き気がしてきた。
「吐きそう! 助けて! トイレに連れて行って!」
「まじかよ! ちょっとの間我慢しろよ!」
カレは私を抱き上げると、トイレに私を入れて背中をさすり、吐かせてくれた。
「何で俺がここまでしなきゃならないんだよ。もうやめてくれよ」
「気もち悪い~、具合悪い~、目が回る~、眠い~、もう寝る」
カレはまた私を抱き上げ洗面所に連れて行きうがいをさせると、今度はソファに座らせ水を飲ませてくれた。
そして、ベッドに寝かされると、私は酔いでまた眠くなった。
「あのクールでしっかり者のりるがこんな世話のやける女だなんて、何だか可愛いじゃないか。こんなに甘える女だなんて知らなかったぞ、なあ、りる、可愛いな~」
そんなことを言っている男の声が聞こえてきた。私は抱きしめられながら眠りに落ちる。
・れおの危険
友人カップルと解散したぼくは、宿泊しているホテルに戻りロビーに入った。すると……
「れおくん」
誰かがぼくを呼んだ。声の方を向くと、さっきまで飲んでいた友人の彼女だった。
「どうしたの? なんでここにいるの?」
「れおくんに逢いたくなっちゃって~」
友人の彼女は満面の笑みで甘えた声で言う。
「それは困るよ。帰ってくれないか」
「え~、れおくん冷たい~、突き放さないで~。帰りたくないな~、もっと一緒にいたいの」
友人の彼女はさらに甘えるように言ってきた。
困ったぼくは友人に電話をした。しかしまだ帰っていないのか、寝てしまっているのか、どこに電話をしても繋がらない。しかも友人の家は知らない。
「送って行くよ。君の家かあいつの家かどちらかまで……」
「れおくんとただ話がしたいだけなの。部屋に入れてよ」
「それはダメだよ。いくらぼくが君に全く気がなくても、女性として見ていなくても、部屋に入れるのはルール違反だよ。それに、ぼくにとって女性は一人だけだよ」
「そこまで言わなくても……れおくん酷いな~」
友人の彼女がちょっと拗ねた。
本来、かわいい女性が好みのぼくでも、他人の彼女は女に見えない。
「とにかく、帰ってくれないかな~迷惑だよ」
ぼくは一段ときつく言った。
「え~、そこまで言うなんて酷すぎる~。私ってこんなにキュートで可愛らしくて……何といっても若いでしょ~。絶対彼女さんよりも私の方がれおくんにはお似合いよ!」
「はあ。それは大きな勘違いだと思う。若くて可愛い外見がタイプの男もいるかもしれないけれど、ぼくが好きなのはぼくの彼女だけだからこういうのは本当に迷惑なんだよ。しかも、君はぼくの大切な友人の彼女だよ。こんなことぼくにするなんて変だよ。やめるべきだ」
ぼくはきつく言いながら友人に電話をしたが、やはり出ない。
「とにかく、ここで……」
ぼくが友人の彼女に言って部屋に戻ろうとした時、友人の彼女がぼくの腕を掴んだ。
「じゃあ部屋は諦めるわ。その代わり……飲みに行かない? 少しの時間でいいから。ちゃんと終電で一人で帰るから、ね? そのくらいならいいでしょ? 良いって言ってくれなきゃ帰らないからね!」
彼女が甘えて拗ねながら言った。
「わかった。じゃあ、一時間だけ。それを過ぎたら君をおいて帰るからね」
ぼくは妥協した。
「やった~!嬉しい!」
彼女は喜んではしゃいだ。このような態度が男性には可愛く見える、と、思っているらしい。
ぼくはすぐ近くにある居酒屋に入った。うるさいくらいに賑やかだがちょうどいい。
ぼくはソフトドリンクと水を注文した。友人の彼女は何を注文するか迷っている。
ぼくは友人の彼女の注文が待ち切れず、先に来た水を一気に飲むと、
「トイレに行ってくる」
と、席を立った。
ぼくがトイレから戻ると彼女は注文を終えていた。飲み物が来て、彼女が焼酎のダブルをロックで注文したことを知った。
「そんなに強いお酒を飲んで大丈夫? 酔っても送って行かないからね」
「大丈夫、知っていると思うけど、私、お酒強いから。フフフ……」
友人の彼女はそう言って笑った。不気味な女の子だな~、こんな彼女であいつは良いのか?
友人に何度も電話をしてるのに全く出ない。返信もない。寝てしまったのかもしれない。ぼくは2杯目の水を飲み干す。
「トイレに行ってくるよ。君からもあいつに電話してみて」
「うん」
友人の彼女はひと言だけ返事をした。
ぼくは再びトイレに行った。3人でいるときに沢山飲んだからトイレが近い。
ぼくががトイレから戻ると友人の彼女がニヤニヤしている。不気味すぎる女だ。ぼくは水の入ったグラスを手に取る。
「……」
友人の彼女がぼくをじっと見ている。
「なに?」
「ううん」
ぼくはたくさんお酒を飲んでいるので喉が渇きゴクゴクと一気に飲んだ。
「あ、これ、水じゃない! なんてことするんだ!」
ぼくは怒った。
「気が付かない方が悪いのよ。バカね~」
友人の彼女が含み笑いを堪えている。
「ひどい女だ……」
ぼくはすでに酔いが回ってしまっていた。先ほど、ビールとウィスキーを飲んでいる。その上に焼酎のロックはかなりきつい。なぜかぼくもりるも焼酎に弱くて何かで割ってもすぐに酔うか顔が赤くなる。
ぼくは完全に酔ってしまった。
「帰る!」
ぼくはテーブルの上に多めにお金を置くと店を出た。
友人の彼女は、ぼくの後についてお店を出た。
「ついてくるな!」
千鳥足になりながらも、ぼくは友人の彼女に怒鳴りつける。
友人の彼女はだまってついてくる。
ぼくがホテルについて、部屋のドアを開ける。
「入るな!」
友人の彼女は自分も入りすぐに鍵をかけた。
ぼくはすっかり泥酔して、ベッドの上にダウンした。
「フフフ、男なんてチョロいわね」
あたしはベッドの上で眠ってしまったれおくんの服を脱がせて下着姿にした。そして、自分の服も脱いだ。
下着姿になると、れおくんの身体のあちこちにキスをしてキスマークをたくさんつけた。
酔って熟睡しているれおくんがあたしの行動に反応して「りる」、と女の名前を呼んだ。これって彼女の名前? 検索すると、冷たそうに笑っている美人の女が出てきた。「ふ~ん、こんな女がいいんだ。あたしのほうがずっとかわいいしれおくんにはお似合いだもん!」
あたしはキスを続ける。でも……泥酔してしまったれおくんの体は、全く反応しない。すっかり寝てしまっている。
「何なのよ~、役立たず! ねえ、れおくん、起きてよ~。しようよ~」
あたしは小さな声で怒り、れおくんを叩いた。それでも全く反応しない。完全に眠ってしまっている。
「もう! これじゃあ一番の目的は果たせないじゃん! せめて……」
あたしはスマホのカメラでれおくんとわたしの裸を撮る。いろいろな角度かられおくんのいろいろなモノを撮りまくる。
「これでいい! あたしも寝よ~っと」
あたしはれおくんに抱きつきながら眠りについた。
・隣の男
翌朝……。
私は自然と目が覚めた。そして、起きて気がついた。私の隣に元カレが寝ていることに……。
「どうして?」
自問自答してあわてる。
「やってしまった……」
私は震えた。大切なれおくんを失うかもしれない。取り敢えず帰ろう……。
急いでシャワーを浴びると元カレの部屋を出た。自分の部屋に帰る間、夕べのことを思い返してみたが全く思い出せない。酷く泥酔してしまったらしい。
ショックのせいか全く二日酔いになっていない。
自分の部屋に帰ると再びシャワーを浴びた。熱めのシャワーを浴びながら夕べのことを思い出そうとしたが、店を出たあとのことが全く記憶にない。私が悪い。悪かった。どうしよう。れおくんには言えない。言わない方がいいだろう。その前に元カレに口止めだ。私はとにかくれおくんを裏切ったことへの大きなショックに包まれる。
気もちを落ち着けると元カレにメールをした。
「夕べのことは間違いです。お願い、わすれてください。誰にも言わないでください」
・隣の女
ぼくは気もち悪さで目が覚めた。天井を見て、ホテルにいることを確認する。酷い頭痛と吐き気がする。何といっても腕に大きな痺れと重みを感じる。
起き上がろうとした時、誰かが寝ていることに気がついた。
「うわ!」
友人の彼女だ。しかも下着姿で寝ている。
「なぜだ?」
自問自答する。
「それより……」
自分の身体をチェックする。全裸なうえ、大きな赤い点々が沢山ある。
「うっ、何だこれ? じんましんか?」
ぼくはよーく見た。
キスマークだ。沢山のキスマーク。気もちが悪くなるほどに沢山のキスマークが全身につけられている。ぞ~っとした。
ぼくはシャワーを浴びながら涙が出そうになった。夕べのことを思い出す。「そうだ、水を飲んだつもりだったけどあの女が焼酎と交換したんだ。それで悪酔いして眠ってしまったんだ。自分の体の特徴はよく知っている。泥酔するとできない。すぐ寝てしまう。僕はやってない。あの女がひとりでやったんだ。もしりるに知られたとしても、ぼくがやってないということは分かってくれるだろう」
ぼくはシャワーから上がり身支度を整え荷物を急いでまとめるとすぐに部屋を出た。そして、まだ数日予約を入れていたにもかかわらず、チェックアウトしてホテルを変えた。
ぼくは心に大きな傷を抱えてしまいりるに電話できなかった。なぜかりるからも電話が来なかった。
翌日の試験はとても低い点数だった。ぼくはうなだれた。ケアレスミスが多すぎる。友人の彼女のことが大きな原因となっていることはあきらかで、ぼくの心に大きなダメージを与えてしまっていた。
・元カレの変化
私は元カレとのことに大きなショックを受けてれおくんに電話できなかった。なぜかれおくんから連絡は来なかった。いつもならさびしいのになんだかほっとした。
「りる」
振り返ると元カレだ。
「元の関係に戻りたいんだけど考えてくれないか?」
「え~? どうしてそうなるの? あなたの気もちがわからないわ。あれは酔った勢いの過ち、間違いよ。わすれてって、メールにも書いたじゃない……私たち……何か……っていうか、何もなかったよね?」
「じゃあ何で俺に甘えてきたんだよ。思わせぶりだろ? 確かに何もないよ。だって、おまえ、ゲーゲー吐いて大変だったんだぞ。シャワー浴びさせて、頭乾かして、うがいさせて……全部やってやったんだぞ。それであんな可愛く甘えてきやがって、何なんだよ!」
「それは、ありがとう。泥酔しちゃったから何があったか覚えていないけど、きっと、自分の彼氏と間違えたわ。ごめんね」
「とにかく、俺のところに戻って来いよ」
「……」
「返事は?」
「イヤよ。ムリ。彼を愛してるの」
「彼?」
「今の彼氏を愛してるの。彼じゃなきゃ嫌なの」
「彼って誰? 本当にいるのか? 別れたばかりでもう新しい彼氏ができてるなんて、早すぎないか?」
「誰って、彼は……彼よ。私の大切な人よ。本当にいるわよ。あなたの気もちは嬉しいわ。元カレにそんな風に言ってもらえるなんて。見直してもらえたっていうことでしょ? でも、私は私で今の生活があって、それを大切にしているの。彼といると心身が満たされるの」
元カレに理解してもらえるように丁寧に話す。
元カレは不満そうな表情で私を見ている。
その時、
「りる~」
女性の同僚が私を呼んだ
「は~い!」
私は何事もなかったかのように元気に彼女のところに行く。
「りる、女性から電話なんだけど……。名乗らないの。どうする?」
同僚が心配そうだ。
「え、誰だろう……何だろう……」
イヤな予感がする。私は怖くなった。
「俺が代わる。危ない」
元カレがそう言うと電話に出た。
「もしもし、どんなご用件ですか?彼女は立場上、あらゆることにお応えできるわけではないので、名前ぐらいおっしゃって頂かないと……」
元カレが電話の相手に少しきつめに言った。同僚が電話のモニターボタンを押す。スピーカーから漏れ出る息声から、どうやら相手は若い女性のようだ。
少し間があってから、電話の向こうの女性が言った。
「わかりました。私はりるさんの彼氏の女です。りるさんに彼のことで話があるので変わって頂けませんか?」
と、電話の女性は言った。元カレが
『どうする?』
と私に聞く。
「わかった。出るわ」
私は怖々と電話に出る。
「はい、りるです。何でしょうか?」
私は、少々突き放すように話した。
「私、れおくんの友人の彼女です。でも、れおくんと男女の関係になってしまったので、れおくんとお付き合いしたいんです。私にれおくんをください。私たちの関係の証拠は……れおくんのパソコンに送りました」
「男女の関係? ですか?」
「はい。添付して送りましたから確認してください」
と、電話の女性はかわいらしく言った。
「わかりました。今確認しますので、お待ちください」
そう言って、私は、少し離れたところにあるれおくんのデスクのパソコンを立ち上げた。ものすごくドキドキする。どんな証拠が送られてきているのかと思うと変な汗が出てくる。パソコンが立ち上がった。
メールを開く……。
「……」
私は息をのんだ。
ホテルのベッドで、れおくんと女の子が下着姿で寝ている。しかも何枚も送られている。
れおくんの身体にはたくさんの赤いものがある。じんましん? 拡大して見るとキスマークだ。
私は驚いてあわててパソコンの蓋を閉めた。
一呼吸おいて電話に出た。
「もしもし……」
「どう?」
「確認しました」
「嘘じゃないでしょ?」
「ええ、確かに男性は私の彼氏のれおです」
私は冷たく言い放つ。
「じゃあ、れおくんを頂けますよね? こんな関係になったのだから、あなたはもう要りませんよね?」
電話の女性は強気だ。
「いいえ。私はれおを愛しています。簡単にはお渡しできません。れおとよく話し合って、彼があなたのところに行きたいと言ったら、その時はれおと別れて差し上げます」
私は毅然と言っって電話を切った。
内心私は大きなショックを受けている。
しかし私も同じようなことをしてしまった。
でも、もしかしたられおくんも最後までいっていないのかもしれない。ただ単に飲みすぎて寝てしまったところを襲われたのかもしれない。れおくんの性格や体質だとその確率が極めて高いだろう。れおくんは泥酔するとできない。
れおくんも間違いを犯した。そして……私も。
事実はれおくんと電話の女性、そのふたりしかしらない。ううん、れおくんはしらない。この電話の女性だけが知っている。私はそう感じた。
今、れおくんは何を考えているのだろう。勉強が手につかず悩んでしまっているのではないだろうか? 自分を責めているのではないか? と思うとそちらの方が心配になってくる。女性と寝た? もしそうだとしても、一度の過ちだ。私なんかれおくんと付き合う少し前まで元カレがいた。しかも社内のすぐそこに。それをれおくんは知っている。でもそのことを責められたことも嫉妬されたことも一度もない。いつでも私を信じてくれている。そうだ、私も信じよう。もし何かあったとしてもすべてを許そう。れおくんを誰かに渡すよりもはるかにいい。近くにいて欲しい。愛してる。私はれおくんに対する気もちを確認した。こんな気もちになるのは初めてだ。これまでの彼氏たちがやったことだったら、電話の女性に「わかりました。差し上げます」と言っていただろう。そう考えると、れおくんが私にとってどれだけ大切な存在なのかがわかる。
私は、れおくんに電話をする。
「れおくん、会いたいの。どうしても会いたい。少しでも早く会いたいんだけど、どうすれば会える?」
「ぼくもだよ。でも……ぼくは、君に会えるような人間じゃない。もう、君にはふさわしくない」
れおくんが自分を責めているのが伝わってくる。
「とにかく会いたいの。一度戻ってこられる?もしこっちに来るのが無理なら私が行くわ。話があるの」
私がしつこいくらいに言う。こうでもしないと会えないだろう。とにかく会って話をするのが一番良い。それが今の私たちにとって一番大切だ。ふたりの関係のみならず、これから先の人生においても大切な時間だ。
れおくんがしばらく考えている様子が伝わってきた。
「わかった。これから向かうよ」
「ありがとう。いろいろあったのは知っているの。でも、私はれおくんを愛しているし、大きな問題だと捉えていないから安心して帰ってきて欲しい。会社で待ってるね」
私はれおくんに正直に伝えた。
「そうなのか~。しっているのか……」
れおくんはショックを受けた様子で言った
・許し合い
数時間後、私と電話を受けた女性の同僚と元カレがそれぞれの席で仕事をしていると、れおくんが会社に来た。
「会いたかった~」
私はれおくんを見てすぐに抱きついた。
「ぼくもだよ、会いたかったよ」
れおくんは少し不安そうだ。
「私への気もちは変わっていない?」
私はストレートにれおくんに聞いた。内心ものすごく怖い。
「もちろんだよ。変わるわけないよ。でも、りるに話さなければならない事がある」
「さっき電話で言ったけどそれはしってるの。れおくんの友人の彼女という子から電話が来て事情を聞いたわ。れおくんと男女の関係になったかられおくんをくれ、と、言ってきたの」
「まさか……」
「れおくんと彼女の夜も添付してあったわ。私が自分でチェックしたの」
「そんなこと……」
「酷い子ね」
「いつ撮られたんだろう。酷すぎる」
「大丈夫。落ち込まないで。きっとれおくんは泥酔してしまったんでしょ?それで、何もしていないんでしょ?」
「たぶん……」
「れおくんも見る?」
「わかった、見るよ。りるだけが見てぼくが見ないで逃げるなんてできないから……見るよ」
れおくんはパソコンを立ち上げて確認する。
「……」
パソコンを見るとれおくんは大きなショックを受けて椅子に腰かけた。
「ぼくが悪かったんだ。あの子がひとりでホテルに来て部屋に入れてくれと言ったんだ。断ったら近くの飲み屋でいいから行きたいって。だから一時間だけという約束で行ったんだ。ぼくはソフトドリンクと水を注文してトイレに行った。その間に彼女は焼酎のロックを注文していた。飲んでいる途中でまたトイレに行った。その間に彼女は自分の焼酎をぼくの水のグラスに入れていた。ぼくはそれを知らなくて一気に飲んでしまった。飲んだ後で焼酎の味がして彼女に聞いたら、不気味な笑みでぼくを見ていた。そして、ぼくは酔ってしまった。だからお金をおいて、彼女についてくるなと言って、お店を出たんだ。ホテルに着いたのは覚えているけれど、その後は……」
「わかったわ。そんなことだろうと思った」
私はれおくんの頭を抱きしめた。
「もう絶対に彼女には会わないでね。たとえ、友人がいても」
「もちろん。会いたくもないよ。怖いよ」
れおくんがおびえている。
「友人に言わずにいようかとも思ったんだけど、どう思う?」
「う~ん、れおくんの友だちは彼女との結婚を考えるほど好き?」
「わからないな~」
「そこまで好きなら言わない方が良いと思うの。信じないかもしれないから。でも、それほどでもないのなら言った方が良いんじゃないかな? こんなに酷いことをする子なら繰り返すかもしれないわ」
「なるほど、そうだよな~。自分の彼女があんななら困るし、知っておきたいよな」
「うん、そうね。私がこの仕事をしているから我慢したけれど、一般人なら訴えていたと思う」
「確かに、そうだね」
「もしれおくんの友人が信じなかったとしても、事実として伝えておくだけでずいぶん違うと思うし、今後、彼女が似たようなことをしたときに今回のことを事実として受け止めるようになるんじゃないかな。取りあえず、友人として言っておいた方が良いと思うわ」
「うん、わかった」
れおくんは早速スマホを取り出し、友人に電話をし始めた。
電話の雰囲気からすると信じていないようだ。それはそれで仕方がない。今はこれがれおくんにできることの精一杯だしれおくんはひどく傷ついていることは確かだ。そして私も傷ついている。
電話を切ったれおくんは切なそうだ。
「やっぱり信じてくれなかったよ……」
「そっか。でも、頑張って伝えて良かったね。偉かったわ」
私はれおくんを労った。
私たちのやり取りを見ていた元カレが口を挟む。
「何でふたりはそんなに仲が良いの?そんな姿見たくなんだけど」
「だって、れおくんは私の大切な彼氏だもの。仲良くて当たり前でしょ」
「そんな話を誰が信じるんだよ」
元カレは大笑いした。
「本当よ。あなたにも話さなきゃならないとは思っていたんだけど、タイミングがね~。でも、ちょうど良かった、今、報告したからね。れおくんをいじめないでね」
私が元カレにお願いするように言った。
すると元カレは
「本当の話? 信じられない。嘘だろ?」
「本当です」
「マジか……」
れおくんの眼差しに元カレが信じた。
私たちは帰り道イタリアンレストランに立ち寄り久しぶりに一緒に食事をした。そして私はれおくんに謝った。
「ごめんなさい。あのね、私も大きな間違いを犯してしまったみたいなの。本当にごめんなさい。許してもらえたら良いんだけど……」
私がそれだけ言うと、れおくんはびっくりした表情で私を見つめた後、伏し目がちに言った。
「すごくがっかりだよ……。誰?」
「元カレ」
「飲みすぎ?」
「うん。飲みすぎてれおくんと元カレを間違えて甘えちゃったの……本当にごめんなさい。気がついたらあの人の家にいて……朝だった」
「わかった。一線は超えたの?」
「私、泥酔して覚えていないんだけど、あの人が言うには何もなかったって。私が酔い過ぎて吐くのを手伝ったり、水を飲ませたりしてお世話してくれたみたいなの」
「一線は超えてなくて良かったよ。むこうは大変だったね、迷惑をかけてしまったのか……」
「うん、どうやらそうらしいの」
「わかった。じゃあ今回のことはお互いに許し合おう。それしかないよ。うん、それしかない」
れおくんは自分に言い聞かせるように言った。
「許してくれてありがとう。これからはお酒には気をつけるわ」
「そうだね。飲みすぎないように気をつけよう。飲むな、とは言わないけれど、沢山飲みたい時は、家で飲むことにして、外では二杯まで、って決めよう。それが良い」
れおくんはまた自分にも言い聞かせるように言った。
「でも、元カレで良かったよ。新しい人だったら本当にショックだったよ。想像しただけで恐ろしいし、悲しい」
その夜、私たちは時間をかけてたっぷりとキスをして愛し合った。心も体も愛し合うことを喜んだ。お互いの気もちを確認してふたりの夜を過ごすことができた。
次の日、テストを受けるため、れおくんはあの町へ戻った。
「今回のテストは満点だったよ」
電話から溢れるれおくんの嬉しそうな声を聞いて、私はれおくんの何倍も嬉しくなった。
年下で大学院生の彼氏がどんどん成長していく。とても嬉しいことだ。早く私を抜かして欲しい。心からそう思う。年齢だけはどうにもならないけれど、それ以外はすべて私を超えて欲しい。その時はもっと甘えよう。私はそう思った。
テストで満点を取ったことを受けて、れおくんのポジションは上がり、教師と学生の中間の立場になった。私は普通に学生を終えたのでよくわからないが、そういうのがあるらしい。
そのことを受けて、社内では、れおくんの『おめでとう』と『お帰りなさい』の気もちを込めて飲み会を開いた。直接飲み会のお店に来たれおくんに対して、若い女性スタッフは、れおくんの将来の素敵な姿をイメージして、ちやほやした態度で迎えた。それを見た元カレは、
「なんだ~、れおはやっぱりモテるな~試験に受かったから余計にか~? でもれおはダメだよ。なんてったってりるの彼氏だからな~。みんな狙うなよ」
と、言ってしまった。
「またまた冗談を~」
「私たちを遠ざけるための嘘ですか~?」
「私たちにも教授婦人の座のチャンスをくださいよ~」
などと、女性スタッフ達はにぎやかだ。
「冗談ぽいよな~。まあ、俺も聞かされた時はびっくりして信じなかったけど、ホントらしいよ」
と、元カレが勝手に公表してしまった。
「えっ?本当なの?」
こう聞いてきたのは以外にも私が仲良くしている中堅の女性スタッフだ。
「うん。本当なの」
「うそ~! 何で言ってくれなかったの~! 私、密かに狙っていたのに~。年下で可愛いのにしっかりしていていい感じなんだもん。それに、年上が好きって言ってたでしょ~、りるずるい~、いつの間に~? いいなあ~」
彼女は本当に羨ましそうだ。
「まあ、今夜はゆっくり飲もう! やっと帰って来たんだから」
私とれおくんが隣に座ると、元カレは私の反対側の隣に座った。
「ちょっと~、どうして私の隣に座るの? 可愛い女の子が沢山いるんだから違うところに座ってよ~」
「怒るなよ、良いだろ? 隣に座るぐらい」
私とれおくんは笑ってしまった。なぜならいつも強気の元カレがさびしそうだったからだ。
「どうしたの? さびしいの?」
私がほんの少し茶化すように言う。
「うん。さびしくなってきた。お前たち見ていたら、本当に好きな相手が欲しくなった」
「そうね~、確かに。私もれおくんと一緒にいるようになって『許す』とか『見守る』とか『信じる』といったようなよく使うし簡単に言える言葉だけど行動に移すのはものすごく大変な言葉、それこそ愛がなければ行動できない言葉を、はっきり伝えて行動できるようになったの。今までは『やっているふり』だったんだと思うの。だからどこかに歪みができていたのよね」
「ふり?だったのかよ」
「うん、例えば、『許した』としても『イヤだな』という気もちが残ったり『信じる』と言っても『本当はどうなんだろう……』って、心がもやもやしたりしたんだけど、れおくんに対しては本当に素直になれるの。私、成長したでしょ? すごいと思わない? まあいいやって、愛してるから仕方がない、って思えるの。すごく心が楽になった」
私はれおくんと付き合うようになってからの心の変化をみんなに話して聞かせた。
「ふ~ん、そうなんだ~」
「すごいね~」
「それが相性が良い、っていうものなのかな~?」
元カレより女性スタッフ達が反応する。
「愛情なんだと思う。まあ、とにかく、飲もう!やっと帰って来たんだから、楽しく過ごさなきゃ!」
れおくんが心配そうに元カレを見つめている。
「大丈夫よ。この方はお酒は飲めないの。と~っても弱いから心配しないで」
私が言うと、れおくんは笑った。
私は大酒飲み、れおくんは種類によって飲めるものと全くダメなものがある。そして、元カレは全く飲めない。
みんなで恋愛の話をしていると、元カレが私に突然言ってきた。
「俺に甘えてくれ。あれが可愛くてたまらないんだよ、わすれられないんだ」
「やめてよ。気もち悪い。私はれおくん一筋なの。れおくんにしか甘えないわよ」
れおくんは私の頬にキスをした。そして私もれおくんの頬にキスをした。
「嘘だろ~、仲良すぎだし、自然すぎるだろ~。何なんだよ。あ~、俺の時とは別の女だよ~」
と、元カレが悔しそうに言ったとき、
「え? ふたりはつきあってたの?」
と、私の友人が驚きすぎたらしく大声を出した。
「うん、俺たち2年ぐらい付き合ってた。でも、突然ふられた。そしたられおとつきあってるって言われた」
「私が秘密にしたい。って言っていたの。だってこの人女遊びが酷すぎるでしょ~? で、愛情がもうないってわかったから別れを切り出したの。そんな時にれおくんと意気投合したのよ。おしまい。これ以上話すのはやめよう。れおくんがいるから」
私がふたりを制すると、元カレは口をつぐみ、友人は質問をやめた。
「れおくんの彼女になってわかったんだけど、女は男で変わるものなのね。私は、れおくんには素直になれるの。変な我慢も一切しないの。困らせたり、悩ませたり考えさせたりするのがかわいそうで……。こんなに勉強して頭を使っているのにさらに私で頭を使うなんて大変すぎるでしょ? だから私は素直になって、れおくんが困惑しないようにすることにしたの。だかられおくんも無理はしないで、私の甘えに『ノー』の時ははっきり言ってね。お互い我慢はやめようね」
「りる、そこまで考えてくれてありがとう。安心して勉強できるよ。でも、甘えて欲しい。それに応えられるのも彼氏にとっては嬉しいことだよ」
れおくんは男らしい。
「いや~ん」
「かっこいい~」
「いいな~」
「素敵すぎ~」
「愛されてる~」
「羨ましい‼」
女性スタッフ達が賛同したする。
「まだ学生なんて信じられないよ。君、かっこよすぎだろ」
元カレがれおくんに言った。
「れおくんは年齢は若いけれど、精神年齢もボディーもオトナなの~。私には素敵すぎる彼氏よ」
「やめてよ。恥ずかしいだろ、褒め過ぎだよ」
「れおはいい男だ」
「男性から言われると嬉しいです」
「私の彼氏だもん」
私は、れおくんの身体にタッチし、キスを求めた。れおくんは軽くそれに応じてくれる。
「りる、お前、本当に可愛いな~。社内とは別人じゃないか~。誰かこんな可愛く俺に甘えてくれる子いないかな~」
元カレがしみじみ言ったのが可笑しかった。
「りるはダメですよ。ぼくの大切な彼女なんですから、取らないでくださいよ」
「欲しいけど要らないよ。あなたなんか嫌い!って、パンチされそうだ」
元カレの言葉にみんなが大笑いした。
「りるは外見がクールで、賢くて、強くて、綺麗でかっこいい。それのに、中身が甘えっこで可愛いなんて、そのギャップが男にとってはたまらないよな~。魅力的すぎるだろ、もっと大切にすれば良かったよ」
元カレが執拗に言う。
「もう私の話はいいじゃない。あなたにはあなたに合う女性がいるはずよ。自分の目で見極めて」
「ハハハ……! 確かに、りるのギャップは彼氏のぼくから見ても魅力的なんですけど、外見も中身と合わせて可愛くしていても似合うと思うんですよね~。ずっとクールのままなんですか?」
れおくんがみんなに聞くと
「そうだね~、クールなイメージが固定されちゃったからね~」
「だからみんな性格もクールな女性だと思っていたんだよね」
他の女性スタッフが言った。
私はみんなの話をただ聞いていた。右腕をれおくんの左腕に絡め、左手にはワイングラスを持ちながら……。
「本当はね、私も『女性らしい』というファッションやヘアスタイルが好きなのよ~、やってみたいな~」
「別に禁止されているわけじゃないんだから、イメチェンやってみれば?」
仲の良い女性スタッフが提案してくれた。言われてみれば誰かに何かを言われてクールなイメージにしていたわけじゃなかった。何となくそんな流れになっただけだ。
「そうね、自分らしくしてみようかな」
私はみんなの意見に応えるように言うと気が楽になった気がした。
・私の変化
私はれおくんが彼氏としてそばにいてくれることで心身がリラックスし、より一層いい仕事ができるようになってきた。
そして、私の性格や外見はクールからどんどん離れていき、女性らしさに包まれていく。その様子を見て上層部も新しいプランを考え出し、私は自分らしさを強調できる番組に変われることになった。私はずっとやってみたかったカールヘアにヘアスタイルを変え、レースやリボンが付いた女性らしい服を着られるようになった。中身だけでなく外見もソフトで甘い私になった。
「すごく楽。素の自分のままでいられるわ」
私はみんなに言う。
あの件から2か月が経ち、全ての試験をパスしたれおくんは、アルバイトをやめて自分の進路の準備を始めている。私達はプライベートの仲だけとなった。私とれおくんは互いに新しい環境に慣れる努力をしていた。
そんな時、会社に訪問者が来た。
私のデスクの社内電話が鳴る。受付嬢からだ。
「りる、受付にお客様よ。彼氏の友人だって。男性よ」
「誰だろう?心当たりないわ。どうしよう」
私は困惑しながられおくんに電話をしてみた。でも、出ない。
「りる、受付に客だってよ」
元カレが受付嬢から伝言を頼まれたらしく、私に言う。
「あ、うん、聞いてる。でも、誰かわからなくて……れおくんの友人だって名乗っているらしいんだけど、心当たりがなくて……怖いわ。れおくんに電話をしたんだけど、出ないの……」
「あの女の彼氏じゃないのか?」
「じゃあ、なおさら怖いわ」
「一緒に行ってやるよ」
「うん、ありがとう」
私は元カレとロビーに行ってみた。
見たことのない優しそうな男性がソファに座っていた。
「彼よ」
と、受付嬢。
「うん、わかった。ありがとう」
元カレが男性に声をかける。
「お待たせしてすみません。りるの上の者ですが……」
「あ、はじめまして。ぼく、れおの友人で2か月ほど前に……」
「ああ、あの件の……れおならもうアルバイトをやめました。自分のこれからの仕事に専念することになりましたのでここにはおりませんが……」
「そうでしたか。でも、今日はりるさんに話があって……。もしお仕事がいそがしい時間帯でしたらまた後程伺いますが……」
れおくんの友人が言うと元カレが私をチラッと見た。私は頷き返してれおくんの友人に言う。
「私がりるですが……」
れおくんの友人は、私を上から下まで眺めたあと顔を赤らめほほ笑んだ。
「あなたがりるさんですか……お綺麗ですね」
「え、ああ、ありがとうございます。で、どんなお話が?」
「あ、いえ、近くまで来たのでちょっと寄ってみただけです」
れおくんの友人は言ったが、それが嘘であることは私を認識した時に急に変わった彼の表情でわかった。でも私は気がつかないふりをした。
「お立ち寄りありがとうございます。これから業務がありますので、私はこれで失礼させていただきます。れおには申し伝えます。それでは……」
「あ、はい。すみません、おいそがしい時間帯に勝手な行動をしてしまって……その……りるさんはもっとパリッとしたクールでカッコイイ女性というイメージをもっていたので……」
そこまで言うと、彼は視線を床に落とした。
「そうですか……。では、私はこれで……」
私は元カレに目配せすると自分の業務に戻った。
元カレが対応しようとしているらしい様子が目の端で見て取れた。
しばらくして、元カレが戻って来た。
「何だって?」
「なんか、本当はりるにあのときの事実確認をしに来たみたいだよ。本当に彼女がひとりでやったのか、とかね。彼女とは別れたんだって」
「ふ~ん。そんなことをイチイチ言いに来たのかしら……」
私はとっても大きな違和感を覚えた。
「それからさ、男の勘だけど、あいつりるに惚れたな」
「怖いこと言わないでよ」
「まあ、俺も同じだろ、だから余計に感じるんだろうな。気をつけな、アブナイ」
「うん、わかった」
れおくんがやめてから元カレは私を守ってくれるような発言が多くなった。今となっては心強い存在だ。
私が今の仕事になって一番嬉しいのは残業が減ったことだ。今までは残業が当たり前でしかも深夜に及ぶことが多くて何かと嫌だったが、今は早めに帰れる。れおくんが会社に来なくなったので、帰りが遅くなることは心細いのだ。
仕事が終わって、スマホをチェックするも、れおくんからの連絡がないことに淋しさを感じる。
私が会社を出たとき、
「りるさん」
と、誰かが私を呼んだ。声の方に顔を向けると、夕方会社に来たれおくんの友人だった。
「どうしたんですか?」
「話がしたくてまっていました」
「私とですか? れおとですか?」
「りるさんとです」
「どういったお話しでしょうか。私ひとりというのは何ですから、れおも呼びますが……」
「いや、りるさんと話がしたいんですよ。1時間……30分でも良いんですが……」
「でも、人目もありますから、ふたりでというのは避けたいのですが……」
私がやんわり断ると友人はスマホを取り出しどこかへ電話をかけた。私はその様子を眺めて待つ。
「あ、れお、俺だけど、久しぶり。この間はごめんな。今れおがバイトしていたテレビ局にいるんだ。うん、れおと話したくて来たんだけど、バイト辞めたんだって? 知らなくて……。そうなんだ。今晩メシ行かないか? あの件も謝りたいしさ、まあ、色々話したいから。うん、わかった。ありがとう。駅前のカジュアルフレンチが入ってるビジネスホテルをとってあるんだ。うん、わかった。じゃあ、そこでまってるよ。あ、今、りるさんもここにいるんだ。うん、帰るところだったみたいで……。わかった。まってるよ」
と、言って電話を切った。彼は自分でれおを誘った。
「れおも来ますよ。どうですか?」
「わかりました。れおも来るなら……」
私はそう言って会社のハイヤーに向かって手を挙げた。ドライバーがすぐに気がつきハイヤーが私たちの目の前で停った。
「乗ってください」
私は、れおの友人に言った。
「ドライバーさん、彼はれおくんの友人なんです。これかられおくんと3人で食事に行くんですよ。駅前のあのカジュアルフレンチレストランのあるビジネスホテルまでお願いします」
と、私はドライバーにあえて話した。
「はい、わかりました。りるさん、最近早く帰れるようになって良かったですね」
「ええ、本当に。ドライバーさんはいつも遅くまで大変ですね、今日も私たちを送ってくださったあとにまた会社に戻るんでしょ?」
「ありがとうございます。ええ、戻りますよ。誰かが使って下さるかもしれませんからね」
そんな話をしていると、あっという間に着いた。
「お疲れ様です。ありがとうございました」
私はドライバーに言ってハイヤーを降りた。
私は、ホテルの部屋でれおくんと待ち合わせをした。というれおくんの友人の言葉を信じて彼の宿泊する部屋に入った。大学からだと20分程度で来るだろう。早く会いたい気もちが大きくなる。
・レオの怒り、りるの恐怖
ぼくは学校が早く終わったからりるを迎えに行くためにりるの会社に向かっている。喜ばせるためのサプライズだ。
車を降りると
「あれ、れおさんどうしたんですか? りるさんとれおさんのお友人と3人で食事じゃないんですか?」
「え、何の話ですか? ぼくしりませんが……今りるさんを迎えに来たところで……」
すごく焦る。
「え?れおさんと待ち合わせだと言って、駅前のビジネスホテルの1階にあるカジュアルフレンチレストランまで送って行ったんですよ。今戻ったばかりで……」
その話を聞きながら、ぼくはスマホでりるからの連絡をチェックする。
「沢山来てる……りる……。嘘つかれたのかもしれません。ありがとうございます。行ってみます」
ぼくはすぐに車を走らせた。一瞬にして脂汗と鳥肌が体を覆う。
「ぼくは友人にもだまされるのか……あいつ~! 頭に来た!」
そのころ、りるは……。
「私に指一本触れないで! れおは来ないってどういうことですか?」
私はれおくんの友人を相手に怒鳴っていた。
「れおも来ると言わないと二人にはなれないでしょ? 何もしませんよ。話をしたいだけです。怖がらないでください」
と、言いながらもれおくんの友人は距離を詰めてくる。
「わかったわ。話を聞くわ。だから、近づかないで。ちゃんと距離を取って!」
私は怒鳴りながらも言葉は丁寧に、説得するようにれおくんの友人に言う。
「りるさん、一目惚れしました。ぼくの彼女になってください」
「ごめんなさい。私はれおを愛しているの。れお以外の男なんて無理よ」
「でもれおはぼくの別れた彼女と寝たんですよ。それでも良いの? 許せるの?」
「いいえ、寝てないわ。というか、抱いてないわ。彼女が一方的にやったことよ。とにかく私に近づかないで。怖いわ」
私は自分が震えていることを自覚する。
その頃ぼくは焦りまくっていた。心配が先に立ち、赤信号にとてつもなく苛立つ。
「頼む、りるに手を出さないでくれ」
ぼくは呟きながら懇願する。
「本当に怖いの。近づかないで」
私の心は恐怖に縛られている。でも表向きは落ち着いているふりをする。そうでもしないと恐怖に耐えられない。女性と言う弱さにつけ込まれそうな感じがする。
私は少しずつドアの方に向かう。
ぼくはホテルのフロントに到着すると適当な言い訳を言い、鍵を受け取る。そして人生の中で一番とも言える素早さで、友人の部屋に向かった。
「りるさん好きだ!」
れおくんの友人が叫び、私に抱きつこうとしている。私はドアに背をくっつけそうになるほどまで追い詰められている。れおくんの友人が迫って来る。怖い……。
その時、部屋のドアが開いた。
後ろに転びそうになった私は、誰かに抱き抱えられた。
「オマエ、なにやってんだよ~!」
叫んだのはれおくんだった。
れおくんに抱きしめられた。
『助かった~』
私は急いで廊下を走り、ロビーに向かった。
平穏なホテルのロビーの様子を見ると、一気にとても安心した気分になった。
外に出て一歩一歩、歩を進めると、徐々に気もちが落ち着いていくのがわかる。
私はひとりでれおくんの部屋に帰ることにした。
れおくんの部屋に着いてすぐにシャワーを浴び、全身を綺麗に洗う。
冷蔵庫から冷たい水を出して飲むと、安心感からかぐったり疲れた感じが身にまとわりついた。バスローブのまま寝室に入るとベッドに横になり、れおくんの匂いがする寝具の匂いを嗅いだ。すごく安心する。
いつの間にか寝てしまった。
私は何となく目が覚めて目を開けると、れおくんが私を見ていた。
「帰ってたのね」
「うん、ごめんな」
「何もなかったから大丈夫よ」
「怖かっただろ?」
「うん、とってもね」
「ホントにごめんな」
「大丈夫よ。油断した私も悪かったわ。大丈夫だから、このことはわすれましょう」
「うん、わかった」
「れおくん、愛してるわ」
「ぼくも愛してるよ」
私たちは言葉で愛情を確認し合うと、長く激しいキスを交わした。
ぐったり疲れた私たちは、抱き合い、愛し合う。私の唇に触れるれおくんの首の感触が心地良い。お互いの存在が唯一無二の大切な存在であることをわかる。私とれおくんはようやくおちついて眠りについた。
・れおくんと私は必要な存在
れおくんは年下でもう少しの間学生だけど、隣にいるだけで私を成長させてくれるし、素の自分のままでいさせてくれる。
そして私も、れおくんを「信じ」「守りたい」と思う。
「許す」というのもあるが、れおくんは品行方正なので「許す」の出番がほとんどない。たまにあるとすれば、ほんのたまにだけど、洗面所の電気を付けっぱなしにしてしまうことがある。そのくらいだ。本当にかわいい小さなミスに過ぎない。
私は、そんなれおくんの彼女でいられることに誇りを持っている。私を無条件で愛し、甘やかしてくれるれおくんを、最高に愛している。
れおくん以上に私に合う男性はいない。
私は自分の行動や感情を見つめ直したときにしみじみ思う。心身が穏やかでいられ、多くを語らず隣にいる時の居心地の良さ、笑いのポイントが同じところ、食べたい物が同じなところ、キスをすると体が元気になれるところ。色々な部分で居心地が良い。そして、お互いの足りない部分はお互いで補いあえる心強さ。
「私は完璧じゃなくてもいい。だって、足りなかったらその部分はれおくんがプラスしてくれるから大丈夫なの。その方が強く大きくなれるから、私は完璧にはなりたくないの。れおくんの補足があった方が幸せを感じられるの。そして、私もれおくんの補足になりたいと思うの。今までは、自分と自分を応援してくれる不特定多数の人の期待に応えるために、がむしゃらに頑張って来たけれど、これからは、それはそれとして、れおくんに褒めてもらえるように、ということを、一番前にプラスして、そのうえで今までどおりに頑張っていけたらいいな、と思っているの」
いつの間にか私は社員食堂で同僚を相手に演説をしていた。大好きなラーメンとカレーのセットを目の前にして……。
私がしゃべってばかりで一向に食事が進まないのを見て、れおくんが時々丸めたラーメンやカレーを私の口に入れてくれる。
そんなささやかなれおくんの心配りや優しさが幸せでたまらない。
私はれおくんが大好き。甘えさせてくれて、優しく包んでくれるれおくんは私の宝物だ。
今日もれおくんは眉間にしわを寄せて勉強をしている。そして、私の視線に気が付くと、優しく笑う。『どうした?』というように。私も笑い返す。そんなれおくんのいる空間に居させてもらえることが、私にとって最高の幸せだ。
素直に甘えることによって得た最高の幸せ。れおくんにも、私との日常が幸せだと思ってもらえるように、大切に支えていきたいと私は思う。れおくんの負担にならない程度に甘えながら。
そして、私は、れおくんが言うように、考えても努力してもどうしようもない『年齢』というものをいつの間にか気にしなくなっていた。精神年齢も学力も私の方が下だからか、意識をしないと私が上に見られることはない。女性らしい外見にしたら余計に幼く見られるようになった。だから、余計に甘えやすくなった。これからも、私は、れおくんを尊敬し続けながら幸せな日々を過ごすだろう。心の底から自然と沸き起こる私らしい笑顔をキープしながら……。
私らしい心と体と外見で、自由に楽に、元気に、楽しくれおくんと生きていく。
そして、私は……。
「今日も愛してる」
と、れおくんに囁く。
「ぼくも愛してるよ。今日も沢山甘えていいよ」
と、れおくんは、私に囁いてくれる。
私は年上だけど、れおくんに甘えたい。
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