カテよ、届け

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 古澤に夕飯を振る舞うようになってから一ヶ月弱。  梅雨前の一瞬の初夏の気配がにじり寄ってきて、それはインターハイの県予選までの日が近づいてきたことを意味していた。  古澤の実力なら県予選突破は間違いないだろうけど、なんだか俺の方まで緊張していた。俺にできることは古澤の夕飯を作り続けることくらいしかないのだけど。  料理の下ごしらえをしながら待っていると、いつものように調理実習室の扉が開かれる。 「おう、お疲れ。今日は――って、古澤?」  部屋に入ってきた古澤は何やら思いつめた表情をしていた。焦点が揺れる瞳がゆっくりと俺の方に向けられる。 「ごめん。今日はご飯いらない」 「そう、か。練習ハードだった?」  俺も経験があるけど、かなり追い込んだ練習をするとしばらく食欲もわかないことがある。だけど、古澤はふるふると首を横に振った。 「そうじゃなくて。ごめん、明日からはここにも来ない」 「……は?」  思わず声が硬くなる。俺なりに古澤に気をつかいながら献立を考えて、古澤の食べる量も少しずつ増えてきて。うまくやってるつもりだった。 「だってさ、最近全然タイムが出なくて。これまでそんなことなかったのに、変えたことっていったらここで夕食食べるようになったことくらいだから」 「別に、調子の良い時も悪い時もあるだろ。食事が原因ってことは――」  俺の言葉の途中で古澤はイヤイヤというように頭を抱えて首を横に振る。 「でも、おかしいの! 身体が思うように動かなくて、走っててもなんだかチグハグでっ!」  バッと古澤が顔を上げる。その視線は拒絶を代弁するかのように鋭さをはらんでいた。 「私には走ることしかないの! 君と違って、走ることを辞めたら何も残らないっ! だから、私から走ることを奪わないでよ!」  叩きつけるような言葉と共に古澤は身を翻すと、調理実習室から出ていった。  何の遠慮もなく放たれた言葉は胸の奥にグサリと刺さってきて、走り去っていく古澤の背中を視線で追いかけることしかできなかった。
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