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古澤が戻ってこないまま、県大会が終わった。
ネットで結果を見たら、古澤は三位で南九州大会に進んでいてホッとした。もしかしたらこのまま俺が何もしなくとも、古澤はインターハイに進むかもしれない。だけど、それは釈然としない。
――といっても、調理実習室に古澤が来ない限り俺にできることは何もない。時計を見るととっくに練習は終わったはずで、今日も古澤は来ないようだった。
片づけを済ませて、調理実習室の外に出る――と、そこには所在なさげな顔をした古澤が立っていた。
「え、えっと。今更なんだって言いたいだろうけど。私……」
「あのさ、古澤」
焦った様子の古澤をいったん置いて、消したばかりの調理実習室の電気をつける。正直、もう限界だった。
「肉と魚、どっちがいい?」
尋ねてみると、古澤はポカンとした顔になって、それからギュッと目を瞑った。
「……お肉」
「だろうと思った。じゃ、ちょっと待っててくれ」
作ったのは、初めて古澤が来た日と同じハンバーグ。だけど、付け合わせはなしで野菜は細かくしてハンバーグやソースに混ぜ込んでいる。古澤はずっと何か言いたそうだったけど、それを無視して両手を合わせる。
「いただきます」
「……いただきます」
一足遅れつつ、古澤がハンバーグを口に運ぶ。
それまで思いつめていた表情がほろりとくずれた。それからバッと立ち上がると、がばりと俺に向かって頭を下げる。
「ごめん。ひどいこと言って、勝手に来なくなって」
「古澤」
「許してとは言わないけど、私、料理部がなくならないように頑張るから――」
「古澤っ!」
ちょっと強めに呼びかけると、不安そうに古澤が顔を上げる。
「県予選突破、おめでとう。まずはさ、冷める前に食っちまおうぜ」
古澤の瞳が潤んだような気がしたけど、見なかったことにした。それより、空腹の限界を埋めるようにハンバーグに手を伸ばす。古澤は少し迷いながらも座り直すと箸を手に取った。
しばらく二人で無言でハンバーグを食べ進めて、殆ど食べ終えた頃合いで「私ね」と古澤がポツリと切り出した。
「小さい頃に親にあれ食べろ、これ食べろってきつく言われて。それで段々と食事が面倒になって。食事からも他の面倒くさいからも逃げるようになってた。いつの間にか、お腹もすかなくなって」
だけど、と古澤が最後に残ったハンバーグを口に運んだ。
「君の作るご飯を食べるようになって、いつの間にか、練習中に『今日は何かな?』って考えるようになってて」
綺麗に食べ終えた古澤がじっと俺を見る。それからすっと頭を下げた。
「だからやっぱり、君が作ったご飯を食べたい」
「一応聞くけど、走る方は大丈夫なんだよな?」
走りの調子が落ちてしまったら本末転倒だ。俺の問いに古澤は気まずそうに視線を逸らす。
「えっと、ね。尾上先生曰く、急に筋肉がついて体のバランスが崩れてたんだって」
「……は?」
つまり、夕飯を食べ始めたことで筋肉がつくようになって、馴染むまでタイムが落ちていたということか。なんか、怒鳴られ損な気はしたけど、体からいい意味で力が抜けた。
「県大会では決勝までしっかり走れたし、筋肉もスタミナもついたと思う。だから、これからもここでご飯食べさせてほしくて。ううん、それだけじゃなくて……」
色々悩む様に俯いて、やがて決意を固めたようにゆっくりと顔を上げた。
「練習終わる頃にはお腹すくようになっちゃって。ここで何か食べないと我慢できない」
古澤が真顔でそんなことを言うから、思わず吹き出してしまった。
「古澤」
「うん」
「勝てよ。走ろうぜ、インターハイ。で、ついでに料理部を守ってくれ」
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