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カリカリカリ
「……え?」
カリカリカリ
カリカリカリ
カリカリカリ
そんな音が聞こえた。遠いようで近いところから。
「何、この音? 奈子ちゃん、聞こえる?」
「うん……」
天井からじゃない。押入れからでも、床下でもない。
絶え間なく聞こえてくる カリカリカリ に、奈子と佳乃子は、すぐ下を見た。
その音が、内裏雛の箱からするのだと気づいた。
「……」
カリカリカリ
カリカリカリ
カリカリカリ
奈子の脳裏に、ふたつの想像が浮かんだ。
ひとつ目は、引っ掻く音。
箱の蓋を開けようと指先で引っ掻いている音。
ふたつ目は、かじる音。
ネズミが餌を食べるように、何かを――喰う音。
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ……
奈子も佳乃子も無言で、沈黙を保ったまま、内裏雛の箱を天袋の奥の奥に仕舞った。
襖を隔てても、あの音が耳について離れなかった。
――そんなことが起きてから、二十五年の月日が流れた。
佳乃子の両親が亡くなり、家を処分することになった。とっくに中年女性になった奈子も片づけを手伝うことにした。
佳乃子の夫が、押入れの天袋から『内裏雛』『三人官女』『五人囃子』『右大臣・左大臣』『仕丁』と書かれた箱を見つけ出した。
すべての箱から、二十五年前と同じ音がする。
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