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ダイエッター
仕事を終え、同僚たちと飲み会となり、話の流れで恋バナになった。
「で。恵比寿はどんなコがタイプなんだ?」
酔った立津ダイキが絡んでくる。
二五過ぎの男のタイプのコなんて、誰が興味あるのかと、アキラは内心うんざりした。見て分かる通り、恵比寿アキラには無縁な話であるのに何故わざわざ振るのか。
子供の頃からぽっちゃり体型、いじられることはあってもモテたことは一度もない。
立津は見た目からしてチャラいし、言い方が少々キツい。仕事に関しては要領が良いが、ストレートな物言いのせいで、その場を凍りつかせてしまうこともしばしば。その度に、デブキャラを生かしてアキラがフォローして。何故かそれが上手くいくので、コンビ扱いされる。
だけど、立津のことが少し苦手だった。
とはいえ、空気を壊すのもなんだ、いつものようにアキラはヘラっと笑う。
「中肉中背?」
「デブが選べる立場じゃねぇー」
「だよなー」
「デブとかマジで無い」
「あはは、わかるー。って、おい」
自虐ネタにしてゲラゲラと笑い合う。だけど、面と向かって「デブは無い」と否定されるのは、自分の存在が否定されたみたいで、ちょっと傷つく。
「中身よりも性格が大事だろ」
斉木サクマが言った。
爽やかイケメンは、中身もイケメン。お調子者を装うアキラをさり気なくフォローしてくれる。同性でも惚れてしまうほど、整った顔立ち。
アキラに無いもの全てを持っていた。
なのに、鼻につくことが一つもない。
「でもさ、見た目も大事じゃん?」
「刺されるよりマシだろ」
イケメンが言うと、真に迫っていてちょっと怖い。
つまみが残り一つとなった唐揚げを、立津がひょいっと摘んで平らげる。
「フライドポテト頼みたいんだけど」
「また揚げもんかよ」
「すみませんね、デブで」
「恵比寿は遠慮しろ」
その揚げもんの最後の一つを断りも入れずに食べたのは誰だ。目についたのがたまたま揚げ物だっただけで、つまみが無くなったから、頼みたいだけだったのに。
外面はおどけてみせながらも、内心は無遠慮な立津にムッとする。
「俺、フライドポテト食いたい」
すかさず気づかってくれた斉木が、一瞬目配せしてきてドキリとした。いいヤツに加えて、顔がいい。
――いやいや、あの顔は反則だろ。男とか女とか関係なく、惚れるって。
そんな風に意思しだしたら、なんだか脈拍が高くなる。
――そんなんじゃない。だって相手は男だし? 大体、俺なんか……。って思ってる時点で意思してるのか? いやいや、あり得ない!
頭の中で否定するも、早い鼓動が自分でもわかって、アキラは戸惑った。
手元のビールを一気に飲み干し、おかわりを頼む。何故か立津が怖い顔でアキラを見ていた。
割り勘だから遠慮しろって言いたいのかと、アキラは思った。だけど、立派な体格に反して、摂ってる量は酒もつまみも二人と対して変わらない。睨まれる筋合いはない。
一緒に飲みに行くと、仕事をしてきるときよりも立津はアキラに辛辣になる。きっと酔っ払っているせいだろう。
「痩せろ、デブ」
「おい、立津飲み過ぎだぞ」
「デブと一緒にするな」
「お前なぁ……もうちょっと言い方ってものがあるだろ。いい年した社会人の態度として、それは良くない」
「まあまあ」
立津と斉木の空気が悪くなるのを感じ、割って入るアキラ。せっかく飲みに来ているのだから、楽しく過ごしたい。でも、自分のことなのに斉木が怒ってくれるのは素直に嬉しかった。
――やっぱり、斉木はいいヤツだ。
支払いを割り勘で済ませて、その場で解散する。アルコールの回った体に、夜の風が心地良い。
「恵比寿、同じ駅だろ」
斉木と並んで駅に向かう。本日はちょっと飲みすぎたアキラの足元がフラフラしていた。
「大丈夫か?」
「平気、平気」
「縁石乗り上げるぞ」
「っと、どーもお世話になります」
着いた駅で、自販機の水を買いアキラに渡してくる斉木は、やっぱり優しい。
「帰れるか?」
「帰れまーす」
「ならいいけど」
「待った!」
じゃあまた明日会社で、と別れ際、アキラは勢いで斉木を呼び止めてた。
「俺、斉木が好きです!」
改札前、大声で告白していた。完全に勢い任せだった。
「酔い過ぎ」
「本気なんです!」
「いや、無理だろ」
にべもなく振られてしまったアキラは、大きな背中をしょぼんと丸め、寂しい一人暮らしのワンルームへ帰った。
一晩経ち、朝目覚めてアキラは頭を抱えた。
酔っていたとはいえ、人生で初めて告白し、振られた。
ゴロゴロとベッドの上をのたうち回り、ドテッと床に落ちた。テレビの動画特集で視るパンダがひとり遊びをして落っこちる、それにそっくりだった。
人生で初めて告白したのが男で、しかも同僚。どんな顔をして出社すればいいのか。
――酔っていて何も覚えていないことにしよう。
そう決めたはいいが、しっかり覚えてしまっている。
ケトルで湯を沸かして五枚切り食パンを二枚、トーストに入れようとしたとき、ふと、告白したさい、斉木の半笑いの顔が浮かんでしまい、その場に蹲る。
こんな調子じゃ、覚えていないふりなんて無理だ。
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