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昨夜の服に着替えて、翼久と一緒にマンションを後にする。あれから半日しか経っていないのに、もう長らく二人で部屋に閉じこもっていたような気分だった。
それくらい夢中になって過ごした濃密な時間だったのだろう。余計な考えをせずにいられたからか、体には多少の疲れはあるもの、心はスッキリとしていた。
二人はつぐみの部屋に向かっていた。着替えや泊まりのために必要なものを取りに帰りたかったのだ。
電車の中は比較的空いており、つぐみと翼久は並んで座席に座った。周りには家族連れ、カップル、寝てる人、いろいろな人が目につくが、誰も自分たちのことは見ていなかった。
昔ならきっと違和感があったはずの見た目の距離感がなくなり、どこにでもいるような二人になった。見られて困ることもないし、堂々としていられることに安心感を覚える。
最寄駅を降りた途端、翼久が手を繋いできたので、つぐみは照れたように微笑んだ。彼の手も心遣いも温かく感じた。
「ずっとここに住んでるの?」
「ううん、四年くらい前かな。それまでは実家暮らしだったから、そろそろ一人暮らしをしようって思い立って」
「一人暮らしだと、時間の制約もなく趣味に没頭することってない? 俺、気付いたら夜中で、次の日の仕事に影響出まくる」
「あるある。だから目覚ましかけて時間配分を気にするようにしてるよ」
そんな他愛もない話をしている間に、つぐみのマンションに到着する。八階建ての単身者専用で、築十五年のワンルームの小さな部屋だった。荷物のほとんどは本だったが、最近は手狭になってきて引っ越しを考えていた。
オートロックを開けて中に入り、正面にあったエレベーターに乗り込むと、急に翼久がソワソワし始める。
「つぐみさんの部屋……ちゃんと我慢出来るかな」
「……うちではダメ。狭いから」
まるで狭くなければ良いという返事をしてしまい、つぐみは慌てて両手で口を押さえる。それを見て翼久はニヤッと笑った。
「じゃあ我慢できなくなったら、早く俺の部屋に帰らないと」
「もうっ……翼久くんってば元気過ぎ……」
その時、つぐみのスマホの音が鳴った。エレベーターから降り、カバンの中からスマホを取り出したつぐみの顔色が変わる。
そこには元カレの昌也の名前が表示されていたのだ。
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