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「もしかして……籠原くん?」 「あはは、正解。久しぶりですね、お元気でしたか?」  あの頃よりも大人びた印象の翼久は、ピシッと濃紺のスーツをピシッと着こなしている。 「もちろん元気だよ。籠原くんも元気そうね」 「えぇ、無事に試験に受かって、今は二級検察官です」 「二級検察官? すごいエリートじゃない」 「そうですか? でも今は先輩検察官について、たくさん勉強中です」 「偉いなぁ……」  あまりの懐かしさに、心が躍り始めているのがわかる。こんな感覚は久しぶりだった。 「なんか籠原くん、大人っぽくなったね」 「先生、俺のこといくつだと思ってるんですか? もう今年で二十四ですよ。そういう先生だって、俺が三年生の時に新任だったからーー」 「逆算しなくていいから!」  翼久は高校生の時と同じ笑顔で微笑む。 「先生だって、昔よりキレイになりましたよね」 「歳とったの間違いじゃない? あの頃はまだ初々しい新任だったのに、今じゃもう中堅だもの」 「いやいや、あの頃は可愛い先生だったけど、今はキレイな先生ってこと」 「……口が上手くなっちゃって」  そんな言葉、今まで一度も言われたことはない。だから胸がキュンと熱くなってしまったのだ。 「今日は誰かと待ち合わせですか?」  つぐみは口をキュッと閉ざした。せっかく嬉しい気分になったのに、再びどん底に落とされたような気分になる。 「うん……待ち合わせていたんだけど、たぶん来ないと思う」  どうせゲーム仲間に呼ばれたに違いない。だって待ち合わせ時間から一時間が経っているし、何の連絡もないからーーつぐみは何とか笑顔を作って翼久の方を見た。 「だからそろそろ帰るね。今日は会えて嬉しかったよ」  カバンを持ち、席を立とうとしたつぐみに、翼久はポケットから一枚の名刺を取り出して握らせる。 「俺の名刺。もし良かったらまた会って話しませんか? ほら、本のこととか」  しかし名刺と翼久の顔を交互に見たつぐみは、怪訝な表情を浮かべた。 「……なんかこういうことに慣れてる?」 「まさか。仕事の繋がりを作るために、いつでもポケットに忍ばせてるだけです」 「……じゃあとりあえずもらっておくね」 「良かった。遠慮なく連絡してください」  会計を済ませて店を後にしたが、つぐみの心から翼久の言葉が消えることはなかった。  またあの頃みたいな本の話が出来るのだろうかーー考えるだけで胸が熱くなる。こんなふうに興奮したのは久しぶりだった。  つぐみは名刺を大切に財布の中にしまうと、表情をキッと引き締める。これからいくべき場所は決まっていたーー。
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