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 電車をに乗って昌也が住むアパートがある駅で降りると、脇目も振らずに真っ直ぐ歩き始める。  駅から歩いて十分。なだらかな坂道を延々と上ってアパートまで着くと、案の定、昌也の部屋の電気は煌々とついていた。  呆れて言葉を失ったつぐみは、カバンの中から昌也の部屋の合鍵を取り出すと、インターホンを押すことなく鍵を開けて中へ入る。  昌也はへッドホンをつけた状態でつぐみに背を向け、壁際の机に置かれたパソコンの方を向いて楽しそうにおしゃべりをしていた。  約束のこと、本当に忘れてたんだーーつぐみのなかで、今度こそ気持ちが完全に冷めた。  部屋の中にズカズカと入ると、昌也の背後に立ってへッドホンを勢いよく取り上げる。驚いた昌也が振り返り、そこにいたのがつぐみだとわかった途端に不機嫌そうにヘッドホンを奪い返した。 「いきなりなんだよ! ってか、勝手に家に入ってくんなよ!」 「……勝手に入るための合鍵だと思ってた。違うんだ」  昌也は気まずそうに顔を背けると、 「今忙しいんだよ。何か用?」 と、素っ気なく口にする。 「今日の約束をすっぽかしたのはそっちでしょ?」  ため息をつきながらそう言うと、ようやく思い出したのか、昌也の顔が青ざめるのがわかった。 「あっ……忘れてた。ごめん」 「ううん。いいの。お陰で決心がついたから」 「えっ、決心ってーー」  昌也が言い終わらないうちに、机の上に合鍵を置く。 「もう限界だよ。別れよう」 「えっ……ちょ、ちょっと待ってよ。俺はその……そろそろ同棲とかどうかなって考えてたんだ! それなのに別れるって……」 「同棲? やめてよ、寒気がする。自分のことは何もしないくせに、家事を全部私に丸投げするつもりでしょ? そんなのお断りよ」 「俺はそんなつもりじゃ……」 「そんなつもりじゃないなら、無意識の行動なの? それなら尚更嫌だわ」 「つ、つぐみ!」  つぐみが玄関に向かって歩き出したので、慌てて昌也が追いかけてくる。 「考えなおしてよ。今までだって楽しかったじゃないか」 「……楽しかったのは最初の一カ月。あとはあなたのお世話をしてただけよ。もしお手伝いさんが必要なら、お金を払って来てもらうといいんじゃない?」  靴を履いたつぐみは、 「あなたの一番はゲーム、二番はゲーム仲間、三番は仕事かな? どうせ私は三位にも入れない人間だから、そろそろ自由に生きようと思う。じゃあ元気でね、さようなら」 と言い残して部屋を出た。  どうせ追いかけてくるわけがない。だってゲーム仲間を待たせてるから。  わざとゆっくり歩いてみたが、やはり昌也が追いかけてくることはなかった。  もう振り返ることはない。どうせ真っ暗な道が続いているだけ。  空を見上げれば幾つかの星が輝いている。これからはまた前を見て歩いていけばいい。
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