満天の白

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国境近くにある森に囲まれた小さな町の広場に、柔らかく跳ねるような音色が漂っている。 町中の人々が、思い思いに着飾って集まってきていた。 漂う音色は人々の心に染み入っていく。 音色に共鳴した身体が微細に振動しているかのような非日常の感覚を味わう。 広場の端にあるベンチに腰掛けた、さすらいの奏者が丸みを帯びた木製のリュートを奏でている。 奏者はくたびれた上着で全身を覆い、(つば)の広い帽子を目深にかぶっていた。 ゆったりとした袖からのぞいている長い指が繊細かつ正確に弦を押さえ、弾き、音を生み出していく。 奏者の傍らでは人間を乗せて飛べそうなほど巨大な鳥が静かに羽繕いをしていた。 薄い灰色の羽は、夕日の赤色を受けて淡く発光しているようにも見える。 太陽が沈み、広場にはたくさんの人が集まっていた。 広場の中央に薪が組まれ、たき火の炎が立ち上る。 リュートの音は、人々のざわめきや薪が燃える音と混ざり合いながらも、広場にいる一人ひとりに確かに届いていた。 先の戦争の犠牲者を悼む曲、生きる喜びを噛みしめる曲、日常に感謝する曲と静かな音色が続いた後、小気味よい調子へと変わった。 それぞれに談笑したり持ち寄ったガレットなどを食べたりしていた町の人々は、楽しそうな音に乗せられて踊りだす。 奏者のそばにいた鳥もそわそわと身体を動かし、短い鳴き声を発し始めた。 演奏はどんどんと盛り上がり、未来の希望を鮮やかに描き出す曲で佳境に入った。 空気を切り裂くような鳴き声とともに羽ばたいた鳥の羽は、灰色から、つやつやした赤、緑、青といった色に変わっていく。 羽の色はどんどんと濃さを増して、色が重なり合い、ついには真っ白に光り輝く姿になった。 光る鳥はバサリと飛び立ち、踊っている人々の頭上を越えて広場を見渡せる場所にある、一番高い木のてっぺんに止まった。 その羽から溢れた光が木々に降りかかる。 光が触れた瞬間、見る見るうちにつぼみが膨らみ、次々と花を咲かせていった。 日常を忘れて楽しい時間を過ごす人々の頭上に満天の白色が広がった。
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