ひとひらの桜

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「あの時……」  咲は遠くの空を眺めながら、何かを回想しているようだった。 「私、向坂くんに……告白しようと思ってた。けど、当時の私は、夢を叶える事が最優先事項だったから、向坂くんに呼ばれても、そのまま振り返らずに、あの場所から立ち去るしか無かったの」  頬を薄紅に染めた彼女の表情は、高校時代と変わらずに可愛い。 「そうだったのか」 「向坂くんが応援してくれたお陰で、私は夢を叶えられた。だから今、ちゃんと言うね」  咲は大きく息を吸い込み、フウっとため息を吐く。 「私、向坂くんの事…………ずっと好きだった。もちろん、今も好きだよ」  彼女が俺に告白した瞬間、十年前と同じように一陣の風が吹き抜け、桜吹雪が舞い上がった。 ****  彼女の艶髪に、桜の花弁がついている事に気付いた。 「咲。じっとしてて」  俺はそっと腕を伸ばし、サラサラの髪に触れた後、それを丁寧に取り除くと掌に乗せて咲に見せる。 「髪についてたから」  彼女は『十年前と逆だね』と言いつつ、目を細めながらクスリと笑う。  掌に乗っていたひとひらの桜の花弁は、羽ばたくように風に乗って飛んでいった。 「俺も……ずっとお前の事が好きだった。あの時、応援してるって言ったけど、本当は告白するつもりだったんだ」  鼓動が忙しなく打ち続け、俺は胸に手を当てて深呼吸した。 「咲。俺の彼女に……なってくれないか?」  綺麗な瞳を丸くさせた後、咲は破顔させながら大きく頷く。 「よろしくお願いします……春樹(はるき)くん」  俺の名前を呼んだ彼女の腕を掴み、抱きしめた。  漆黒の髪から漂う仄かな甘い香りに吸い寄せられるように、俺は小さな頭に唇を寄せる。  長かった片想いが成就した事を祝うかのように、数多の桜の花弁が俺と咲を包み込んでいた。 ——La fine——
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