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約束の日は生憎の雨だった。
細かな雨は紅く染まった葉を地面にへばり付けていた。
居酒屋の前でビニール傘を閉じて、傘立てに入れる。
カラカラと音の鳴る引き戸を開けて、中に一歩踏み出した。オレンジの光と共に、喧騒に包まれる。
「おぉ、菫。こっち」
種月が手を上げて、自分を呼んだ。
彼の方へ向かう。
髪は相変わらずボサボサだが、顔がいいせいでニュアンスパーマと言われれば納得してしまう。
トレーナーにスウェットでも様になるのは腹が立つ。
「珍しいね、種月から誘ってくるの。大体私からじゃん」
「そうだっけ」
何頼む、と種月はメニューを見つめる。
長い睫毛が滑らかな肌に影を作っていた。
ビールと、適当なつまみを頼んで、ふぅ、とため息を吐いた。
「仕事終わり?」
種月が珍しそうにしげしげとこちらを見てきた。
「うん。なんか仕事入っちゃって」
週末に仕事が入るのは珍しいことではない。出版業界は忙しい。
履きなれないパンプスを脱いで、その上に足を乗せた。
「忙しそうだね」
他人事な種月をギロリと睨んで、スーツを脱いだ。おろしたブラウス姿になって、それが白だと気づく。
「中白じゃん。こぼすなよ」
彼はにやにやとしてそう言った。
「こぼさないよ。大人だもん」
「それは失礼しました」
席にビールが届いて、暫くしてつまみが届いた。
「それじゃあ、乾杯!」
種月がそう言って、「乾杯」とグラスを合わせる。
グイッと煽ると、喉のあたりで炭酸が弾け、苦みが広がる。
ふぅ、と息を吐くと、種月は微笑んだ。
「何?」
「いや、別に」
訝しげに見詰めると、彼もビールを飲んだ。
「それで、何? 話って」
「うん。えっと……」
迷ったように言葉を濁す。
「マッチングアプリを始めようと思って」
「はぁ」
自分でも間抜けな声が出た。
「それでさ、初めてだからさ。ほら、菫前にマッチングアプリしてたって話してたじゃん。色々教えてほしくってさ」
「はぁ」
種月を見詰める。
「次に進もうと思えるようになったの?」
彼は迷ったようにメニュー表を見てから、うん、と答えた。
「そっか」
おめでとう、と言ってグラスを上げると、彼は自分のそれをぶつけてきた。
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