【マリオネット】

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「まずアンタは何者なんだ。そしてどこからやって来た」  一人加わって四人となった食卓で話し合いは行われている。ラインはいまだに眉をひそめ、不審者を見る目でメルクのことを眺めていた。 「ただのしがない旅人だよ。気軽にメルクと呼んでくれていい」  ラインの求めている答えとは微妙にずれた返答をする。 「では、外にいた馬もお前のものか」 「ああ、ヴァレンチノっていうんだ」 「名前を聞いているわけではない。あんな立派な馬を旅人が持っているものなのかと聞いているんだ」 「ヴァレンチノはすごく生意気だけど、利口だ。関所を通らなかったのにもわけがあるのだろう」  要領を得ない彼の言い分にラインは顔をしかめた。どうやらラインもこの青年が面倒なたちであることを理解したようだ。 「アンタの言うことがもし本当だとするならば、確かにあの馬は賢いな。今、関所では入国者に対して、徹底的な検閲が行われている。書簡や武器、金品などはほとんど没収されてしまうだろう」 「なるほど、さすがはヴァレンチノだ。あとで身体を綺麗に拭いてあげないといけないね」  メルクは頷きながら言うと、「それにしても、一体どうしてそんなことになっているのかい」と本題に切れ込む。  そこでラインは苦々しげにうめいた。 「今、この国はあの忌々しい男によって乗っ取られている」 「あまりそういうことを言わない方が良いですよ。いつ誰が来るとも限りませんから」  アンヌは母親に水の入ったコップを渡してから、また席に着く。 「分かっているさ。だが、俺はどうしても許せねえんだ。しかもあんな卑劣な力を使いやがって」 「力と言ったかい」  メルクの声は今までのものとは少しトーンが違っていた。アンヌやラインも当然それに気づく。 「なんだ、何か知っているのか」 「どんな力なんだい」  メルクはラインの言葉を無視して尋ねる。 「こっちの質問にはろくに答えねえのな。まあ、いい。ゲンズの野郎はな、人を操ることができるんだ。俺もこの目で見た。その力を使っているところな」 「どうやって使っているんだい」  メルクはさらに質問を重ねる。 「それが分からない」  ラインは厳しい顔で言う。 「何らかの条件や制限はあるはずだ。そうじゃなかったらとっくに国民全員が操られているだろう。しかしその法則がよく分からない」 「対象人数や範囲はどのぐらいなのかな」 「範囲は不明確だが、直接操れるのはおそらく二、三十人ほどだと思う」 「へえ。それは中々だね」 「クーデターの時には、国王の他にも勇敢に立ち向かった憲兵たちは皆操られ、仲間同士で戦わされた。すぐに降参したから誰も死なずに済んだが、負傷者は出た。それが」  そこでラインは言葉を止めて、ようやく落ち着いてきたアンヌの母親の方を見た。 「なるほどね」  メルクは目を細め、うっすらと笑みを浮かべる。 「何がおかしいんだ」  ラインの顔の血管が浮き立つ。今にもメルクに掴みかかるのではないかとアンヌはハラハラする。しかしやはりメルクは意に留めない。 「いや、おかしくはないよ。ただ、どこの国でも似たことが起こると思っただけさ。不快に思ったのであれば謝ろう」 「ちっ、わけの分からん野郎だ」  ラインは吐き捨てて、椅子に腰掛け直す。 「それで」  メルクは一度テーブルにあった木のコップを口につけ、喉を潤してから何でもないことのように言った。 「君たちは革命を起こそうとしているわけだ」  場は静まりかえる。元々それほど騒がしくもしていなかったが、誰も喋らないと途端に静寂が訪れる。外も風の音一つしない。 「そこまでは言ってないが」  数秒経った後にラインが口を開いた。まだラインは彼を信じ切ってはいないのだろう。それを青年も察する。 「大丈夫、心配しないでもいい。計画のことはもちろん、この家の離れを武器庫にしていることだって黙っておくよ。あくまでも僕はただの旅人さ。基本的にその国のことはそこに住む人々が解決する問題だと思っているからね」 「離れの中は見せていないはずなのに、どうして知っているのよ」  アンヌはひどく驚いた様子でいう。 「それは単純な話だよ。さっきヴァレンチノを見に行ったとき、離れの裏手に重い物を引きずったような跡があった。この近辺は山や田畑が多いから人通りも少なく、役人なんかの目も届きにくい。それに話を聞くと、その割には王都からあまり離れていないらしいじゃないか。集めた物資を安全に保管しておくには適した場所といえる。これで僕がもし官吏なら、ここまで分かっていて未だに行動の一つも起こしていないのはおかしいだろう。どうかな、これでもまだ信用には足らないだろうか」  メルクは相変わらず何を考えているのか分からない笑みを浮かべている。 「信じられないな。アンタはとにかく胡散臭いんだよ、醸し出す雰囲気が」 「ひどいなあ。僕の人格を否定しているようなものじゃないか」 「それに、この国の人間じゃないのにどうして俺たちに協力しようとするんだ。アンタが言った通り、これは俺たちの問題だ。綿密に立てた計画はあらかた予定通り進んでいるだけに、ここで不確定要素を作りたくはない」 「まあ気持ちは分かるよ。実際、僕が突然キミたちに牙を剥く可能性も否定できないからね」 「どういう意味だよ」  ラインの声がまた厳しいものになる。 「国の内政については君たちの話だし、僕は口を出さない。しかし君たちが敵対視している王様のことは、キミたちだけの問題ではない。僕がこの国に来たのは、彼の力の源となっている魔石を回収するためだ。もしキミたちがそれを邪魔するならば、戦い合わなくてはいけなくなる」  急に真面目な顔をするメルクに、アンヌはドキリとさせられる。 「最近あの手の人智を超えた力を持つ者が現れているという噂は聞いたことがある。俺はは眉唾物だと思っていたが、目の前でアイツがやられたのを見たら、信じないわけにはいかないだろ」  ラインは忌々しいといわんばかりに首を振る。 「じゃあさ、もし僕にはそれを取り除く術を持っていると言ったらどうするかな」  メルクは大事なことをあっさりと切り出した。 「取り除く? そんなことができるのかよ」  ラインは目を見開く。アンヌも同様に驚いていた。 「ああ、僕のことはひとまず信用してもらえたようだし、僕も手の内を一部明かそうと思う。ただし、他言無用でお願いね」 「信用はしていない」  ラインは顔をしかめる。 「しかも一部しか明かさないのか」 「キミたちを不用意に巻き込まないためでもある。そこだけは容赦してほしい」  メルクは真剣な面持ちで言う。 「僕はこれを使ってその男から魔石を取り出す」  そしてそれを服の背中から取り出して、テーブルの上に置いた。 「あっ」  アンヌが声をあげる。それは彼女がすでに一度見ていたものであった。そして、そこで顔つきが変わったのは彼女だけではなかった。 「これで対象を撃ち抜くことによって、魔石を引っ張り出すことができる。つまりこの国で僕がやりたいことはただ一つ、これでその王様を撃ち抜く、それだけさ。それが終わったら僕は去る」 「拳銃、なのか」  ラインの顔は険しかった。 「形は拳銃に似ているけど、これで人は殺せない。撃ち抜かれた人間もせいぜい気絶するぐらいだ。一応、似た形の小型拳銃も持ち合わせてはいるけれど、もしかして銃はお嫌いかな」 「俺は人殺しがしたいわけじゃないし、そういったものを人に向けることに強く抵抗を感じる。その引き鉄は命の重さを軽くしている」  彼はそう言い放つ。 「照準の精度はまだ高くないようだが、これからの時代の武器の主流となるのだろう。世間の流れには逆らえまい。だから、きっと俺は前時代的で遅れた野郎だ。お前みたいな先進的な人間とは違う。馬鹿だと思っただろう。否定はしない」  ラインは自虐的に話す。しかしメルクはそこで笑ったりはしなかった。 「否定なんかしないよ。時代に逆らわない方が何かと上手くいきやすい世の中で、時に逆行することになっても理想を信じ続ける人がいてもいい。そうすることで世界はバランスを取ることができるのさ」  唐突に大きなことを語りだすが、彼がいうと妙な説得力もあった。 「変な奴だな」  ラインはやはり顔をしかめて言った。 「おまえの目的は理解した。だが、革命において飛び道具は使わないつもりだ。だからおまえに援護は頼まない。この問題は俺たちでなんとかする。あの野郎をとっちめてからであれば、おまえに奴の身柄を渡してやってもいいかもしれないが」 「でもそれはなかなか難しいと思うな。その男の様子を見ないと何とも言えないけれど、状況によってはうかうかしていられない。あんまり時間がかかるようであれば、僕は手を出すよ」 「やってやるさ、計画はもう大詰めのところまで来ているんだ」  話はそこで終わりとなった。  すでに遅い時間だったが、さすがに女性二人だけの家に一晩過ごすわけにはいかず、メルクはラインの知り合いが経営している素宿に泊まることになった。  アンヌはその晩、妙に胸騒ぎがして寝付くのに時間がかかった。兄のことも、革命の成否も含めて不安の絶えないところに現れた謎の青年。悪人ではないようだが底が見えず、彼の目的についても気になった。アンヌはとにかく皆が無事にいられることを祈りながら眠りについた。
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