【マリオネット】

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 メルクが無事に入国し、アンヌの家に荷物を取りに戻ってきた日の夜。近くの酒場の奥の部屋には数人の男女が集まり、厳かな雰囲気で話し合いがとりなされていた。 「まずは確認の意味も兼ねて近況報告してもらう。リーアから頼む」  上座の議長席に座っているラインを中心に話は進められていく。アンヌは彼のすぐ隣に座っていた。本当ならばもっと部屋の隅の方の目立たない場所に居たいのだが、ラインに居てくれと言われたので断れなかった。 「ゲンズは相変わらず、朝から晩まで酒を浴びるように飲んでいるみたいよ。今のところ国政に関することは、以前とあまり変わらずに行われているわ。ただ輸出入における関税率は再度引き上げることが正式に決定して、さらにお金を搾り取ろうとしていることも変わらないわ。近いうちにこっちにも取り立てに来るかもしれない」  テーブルを挟んで反対側の椅子に座っていた黒髪に青い目の女性、リーアが淡々と話す。彼女の実家はアンヌの家の近くにあり、アンヌの兄やラインと仲が良かったので幼い頃はアンヌもよく遊んでもらった。今は王都の飲食店で働いているため向こうに住んでおり、ゲンズのことがあってからは王都の状況などを定期的に報告しに来てくれている。 「こんな田舎に来ても農作物ぐらいしか無いだろう。どこまで欲張りなんだ、あのジジイは」  今の国王ゲンズが玉座についてから真っ先に執り行ったのは臨時税の徴収だった。ゲンズ自ら出向くことはあまりないようだが、ゲンズが操作している従者に監視をさせているので、歯向かうようであれば彼らが取り押さえて連行した。しかし彼らがいなかったとしても、大半の人々はゲンズの力を恐れて無抵抗だった。 「城の内部の動きはどうですか、レドさん」  ラインが話を振ったのは、メガネをかけたかっちりとした身なりの男性である。 「良くも悪くも変わっていません。憲兵たちも相変わらず言いなりです。一般市民よりも近くで脅威にさらされていることを考えれば仕方ないでしょうね」 「国王様は?」 「以前として牢獄に収監されています。いつも従者の一人がついているようですが、それなりに歳を召されているのでお身体が心配ですね」 「許せねえな」  ラインは歯ぎしりをする。 「ですが良い話もあります。城に常駐する憲兵の数人に協力を取りつけました。革命決行の際は、内から手引きしてくれると約束してくれました」 「それはありがたい、さすがレドさんです」 「皆、どうにかしてゲンズの暴走を食い止めたいと思っているのは間違いありませんからね」 「当たり前だ。こんなことをして得になる奴なんざ、あの耄碌ジジイ以外一人だっているわけがない。ありがとう、レドさん。アンタが幾多の危険を冒してくれなかったら、計画もこれほどスムーズに進まなかっただろう」 「いえいえ。私は当然のことをしているだけです。早く平和な国に戻って欲しい一心です」  レドはいたって謙虚な口ぶりで話す。彼は数年前に外からやってきた人間であるにも関わらず、その有能ぶりから国王の側近の一人にまで抜擢され、国王が変わった現在もその役職についているが、こうして情報を流してくれたり城内で画策したりと何かと協力してくれていた。  それから他の人からも、それぞれ協力を仰いだところからの返事を聞いていく。ほとんどの市民はゲンズのことを良く思ってないので好意的な答えは返ってくるが、それでもやはり彼を恐れ、具体的な支援をしてくれる人はあまり多くない。 「やはり最大の問題は、例の人間を操る力だな。人々が恐れるのも無理はない」 「あれはショッキングな出来事でしたからね」  国の有力者が集まって行われた報告会。その衆人環視の元、突然現れたゲンズの力によって自らの手で首を絞めていく国王、そして無理やり操られた従者たちによる同士討ちで血まみれになった絨毯、誰一人死者が出なかったのは奇跡としか言いようがない。 「だが、たとえ市民の協力を得られずとも、テーネのためにも絶対に成し遂げなくてはならない」  ラインは力強く拳を握る。 「そういえば、彼とはお知り合いなんでしたっけ」  レドが尋ねてくる。 「ええ。武器庫を提供してくれているアンヌの家の長男であり、俺の親友なんです」  ラインは横に座るアンヌを指しながら説明する。 「なるほど、そうだったんですか」  レドは口元に手を当てて頷いた。そこでアンヌも口を挟む。 「元々、ラインさんは兄や私たち家族のために立ち上がってくれたんです。ですから私も出来る限り協力したいと思い、離れを使ってもらっています。でも実際私はこの通りただの田舎娘ですし、皆さんのように役に立つことも出来ず、なんだか申し訳ないです」 「いえ、あなたが自分を責めることはありません。悪いのは全てゲンズなんですから。それにもう少しの辛抱です。彼のやり方はどう考えても長続きするものではないし、私たちがそうはさせません」  さすがに政府の要職を任されるだけあって、レドの言葉には強い使命感が帯びているように思える。だからこそアンヌも含めてここにいる者の多くが彼のことを頼りにしていた。ただ全員が全員同じように思っているわけではない。 「協力を取り付けたとかなんとかご立派なことを言っているが、肝心のあの男の妙な力についての情報はなんかねえのか。なあ、レドさんよう」  市場の運営をしているキールがしゃがれた声で尋ねる。まだ初老だが、白髪に染まった髪も相まって年齢以上に老けて見える。 「そのことに関しましては、私も分からないことばかりです。探りは入れているのですが、なかなか目立ったことも出来ないので」 「こっちは毎年なけなしの収入から高い税金を納めているんだからな、こういうときぐらいちゃんと働いてくれてもいいだろ、外様の役人さん」 「これはまた手厳しいですね」  レドは苦笑いを浮かべる。 「まあまあ、キールさん。レドさんは良くやってくれていると思いますよ」 「どうかな、ただビビってるだけじゃねえのか。お偉いさん方は口だけは達者だからな。たまには、アンタらが徴収している税金が我々の生活に還元されているのを実感させてくれや」  キールはそのままコップに入った蒸留酒をあおる。キールが役人のことを毛嫌いしているのは、いつも市場の運営で得た利益の半分近くを税収で巻き上げられているからである。税制上儲ければ儲けるほど税金が増え、そのことで徴収にやって来る役人と毎月のように言い争っているのは周知の事実である。 「ゲンズの力をどうやれば抑え込められるのか。いつもは従者十人ほどを操っているが、全ての人々を操れるわけではないのは確かだろう。そうでなかったらとっくにこの国は終わっている。だからこそ、そこにつけ入る隙がある。レドさんに限らず、何か気になったことがあったら是非教えてくれ。次の集会日は未定だが、なるべく早くしたいと思っている。あまり遅くなると見回りの衛兵に怪しまれるといけないから、今日はこの辺りで解散するとしよう」  ラインはそう言って、誰よりも早く席を立った。そしてそれにアンヌも続く。この酒屋の店主はラインの顔なじみで協力してくれているが、万が一にも集会を行っていることがバレないように、別々に店を出ることにしているのだ。 「ありがとう、おやっさん」  奥の部屋から出てきて、会計を済ませながら店主に礼を言う。 「おお、場所を貸すぐらいはたやすいことよ」  ねじり鉢巻きを巻いたガタイの良い男はその大きな手のひらで貨幣を受けとる。 「暗いから気をつけろよ。アンヌちゃんをしっかり家まで送ってやるんだぞ」 「分かっているさ」 「暗がりであれやこれやするなよ」 「なっ、何言ってんだよ。するわけねえだろ」  ラインは酒が入っていないのにもかかわらず、顔を真っ赤にしながら店を出て行く。アンヌも気恥ずかしくなって、その後ろをそそくさと歩いていき、その顔を闇夜に紛れさせる。
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