最終話 地味石ミリアは選ばれない

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最終話 地味石ミリアは選ばれない

「……陛下? 言わなくていいんですか?」 「──ああ」  セントジュエルの城門付近。  ヘンリーに問いかけられて、エリック・マーティンは即答した。  相棒のミリアはすでに城門の外だ。しげしげと門を見上げる彼女を遠目に見つめながら、ヘンリーは言う。 「ミリアさんが『探してた子』だって。間違いないんですよね?」 「ああ」 「……もう、どういうことなのか教えてくれません? 僕、あのあと事後処理で大変だったんですから~」 「……そうだな、おまえには苦労を掛けた。すまなかったな、ヘンリー」  困り顔のヘンリーに、エリックは申し訳なさそうにほほ笑むと、懐かしむように宙を見つめて口を開く。 「あの日、宴の場でレティシア殿に声をかけられたんだ。彼女は俺の探し人ではなかったが、話を聞いた後で『思い出したことがある』と言ってくれた」 『私もはっきりとは覚えておりませんが……、たしか、短剣と共に肖像画に収められた子がいらっしゃったような……』 『御影の楔と?』 『いえ、そちらは解りかねますので、ご確認いただきたいのです』 「俺は、彼女に連れられ書庫に向かい、肖像画を見せてもらった。そこには、誇らしげに御影の楔を抱きかかえた女の子の姿が納められていたよ。その子が誰だか聞くと、レティシア殿は笑いながら答えてくれたんだ。『ミリア様ですよ』って」 「…………そんなことあります?」 「ああ、俺も驚いた。しかし、髪の色は違えど、目元はミリアそのもので……、同時に、幼いころの記憶も鮮やかに蘇って……言葉をなくした」  語りながら蘇るのは、当時の感覚。記憶の蓋が空いたように、するすると飛び出してきた記憶。あの子の目元・話し方・口調が『今』と重なり、飛び出した『あの時』。 「『まさか・もしかして』。焦って探して、お前たちが霊廟に行ったと聞いた時は『もう』……頭が真っ白でさ。我ながら情けないぐらい取り乱して、確認をしたいのに、ミリアはああ(・・)だったろ? そこで『決定打』だ」  参った口調で述べながらも、閉じた瞼の裏で、記憶の中のあの子と大人のミリアが同時に述べる。  『────わかんないじゃん』 「……『一滴(いってき)の水だって石になるんだよ』。この言葉が一文字一句(たが)わずに出てくるのは、あの子がミリアである何よりの証拠だ。御影の楔(ペーパーナイフ)と言い、本当に衝撃的だった」 「──……あの時のことは思い出したくないっす……、陛下、すごい勢いで飛び込んじまうんだから」 「──探し求めていた人が()飛び込んだんだぞ。後先考えて居られるか」  困り顔で後ろ頭を搔くヘンリーに、つっけんどんに言い返す。  結果無事だったから良かったものの、あの瞬間、絶望と葛藤と渇望が一気に押し寄せたのだ。  闇に飛び込みミリアを抱きかかえ、話したことすらはっきりと思い出せない。  ──しかし、ただ──  すべてのことが済んだ今、エリックの中、湧き出してくるのは彼女への気持ち。  それを確かめるように、噛みしめながら……想いは、滑り出してくる。   「……ミリアがいたから、俺は人柱としての生き方に誇りを持ち、今日まで腐らずに生きてこられた。礎となる運命を呪わずに、まっすぐ務めを果たすことができた。ミリアのおかげなんだ」  彼は、覚えていた。宝にしていた。  幼き日の花畑・泣きじゃくる自分にくれた、彼女(みりあ)の言葉を。  ──「うっ、うっ……、ぼく、いしずえなんだって。おちて、きえちゃう。きまってるの。こわいよ、ミリアちゃん」  ──「わかんないじゃん、『いってき の みず だって、いしになるんだよ』? きえないかもしれないじゃん。『いしずえ』かっこいいよ。エリックくん、かっこいいよ」 「────まあ……幼い彼女が《礎》の意味を解っていたかどうかは疑問だが」 「……わかってなかったんじゃないかなぁ~……」 「……だろうな、覚えていないだろう」  思い出してひと笑い。  微妙な顔つきで首を振るヘンリーにも頷いた。  あの時のみりあが、何を思ってそう告げたのかはもうわからない。おそらく本人も覚えていないだろう。しかし、だからこそ、幼い日の自分には利いたのかもしれない。  ──それを思い出し、瞳に親愛を乗せるエリックに、ヘンリーの疑問は振ってかかるのだ。 「でも陛下? それならなおさら伝えたらいいじゃないですか。ミリアさん、自分を探すってことになりますよ?」 「……ヘンリー……」  まるで解っていないヘンリーの意見に、エリックは眉を寄せ顔をしかめた。そしてそのまま、悩まし気に眉間を掻きつつ問うのである。    「……今伝えて、勝ち戦になると思うか? まだ『お兄さん』だぞ? 名前で呼ばれてもいないのに『婚姻を前提に交際してくれ』なんて賭けに出るほど馬鹿じゃない」 「……こっ、婚姻するつもりなんスね」 「当たり前だろう。誰にも渡さない。はじめからそのつもりだ」  少々ぎこちない反応に、はっきりと即答した。  ヘンリーが『ミリア王妃』を予想し、密やかに国の未来を憂いているその隣で、彼は──穏やかに語る。  眺める世界に、大切な人を映して。 「…………それに、もう少し見ていたんだ。彼女が新たな世界に触れて、驚き・はしゃいでいるところ。俺も世界を見て回りたい。彼女がくれた人生だ。ミリアのそばで使いたい」    あの時も、今も。  彼女が未来を拓いてくれた。    「──射止めてみせる。何年かかっても」     「俺は、ずっと昔から──彼女に夢中なのだから」 「地味石ミリーは選ばれない」/END
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