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最終話「地味石ミリーは選ばれない」
「──よし! さよなら、母国!」
あれからしばらく。わたしは堂々と母国の門を出た。
少し離れたところには、エリック・マーティンさん。北のスレインの陛下さまで、わたしの……仲間だ。
あの後──気力という気力を使い切ったわたしは、昏々と眠り続けたらしい。真っ暗な闇の中、一筋の光にナイフを振り下ろしたところまでは覚えているのだが、その次はベッドの上だった。
はっきりと起きた瞬間、エリックさんに震えながら抱きしめられた。
あれも夢だったのかと首をかしげるが、思い出しても血流がよくなるぐらいには現実だった。
……頼むから、『まるで愛する人が復活したような勢いで』仲間を抱擁しないでほしい。息の根が止まる。
それらをぎゅうーっと圧縮して、ぽわぽわする頬に両手で喝。少し離れた場所でお供のヘンリーさんを見送る彼に近寄ると、わたしは──腕を組み”生意気風”に覗き込んで、
「──っていうか、おにーさんもひどくない? あれほど『セント・ジュエルの人だ』って言っておいて、翻すかな、普通?」
ジト目で聞くわたし。視線に若干の不満を込めるが、それも肩透かし。
彼は目を見開き小さく笑うと、ため息交じりに肩をすくめて言うのだ。
「……『記憶違いだったかも』って思ったんだよ。あと、視野が狭かった。思い込んでしまえば、他が見えなくなるだろ? 考えを改めたんだ」
「おかげさまで振り出しじゃん~、いいの? スレインの政治はいいのかなあ~?」
「……それ、君にもそのまま返してやろうか」
「わたしは追放されたのでいいのですぅ~」
悪役の笑顔で小首をかしげられ、そっぽを向いた。
あれから、お父様には『ここにいてもいいぞ』と言われたが、まっぴらごめんだ。散々地味石扱いして笑いものにしてきた挙句、追放した相手にどの口が言うのかという話である。
瞬間的に蘇ったもやもやを、ため息に乗せて吐き出して。わたしは肩越しに振り向き城門を見上げると、
「まあ、魔防壁に頼りっぱなしだったセント・ジュエルも、これを機に兵力考え直すっていうし。平和ボケした国にはいい薬だったんじゃない?」
「君がそれを言うのか?」
「わたしだから言うんです。他国の人が言ったら悪口だからムカつくけど」
くすくす笑う彼に固く答えるわたし。母国に対する評価というのは複雑だ。自分で言うのはいいけど、他人に言われるとたちまちムカつくのは何故だろう。
そんな複雑を抱えつつ、城に背を向け一歩踏み出そうとして──、わたしは、ぴたりと止まり、彼を見上げる。
……この先『一緒に行く』ことにはなったけど。
でも……本当にいいの?
それを確認すべく、一呼吸。
彼を見上げてわたしは聞いた。
「……あの、……おにーさんこそ、いいの? わたし、一緒に行くよ?」
「? なんで?」
「もうわたしに使える要素、ないよ? 食い扶持が増えるだけだよ?」
──そう。
彼と一緒に行くことになったが、冷静に考えたら、今のわたしは『ちょっと料理が出来るようになったただの女』だ。剣が使えるわけでもない・武術ができるわけでもない。探し人への手がかりでもない。
条件を並べ立てても、マイナスしかない。
不安なわたしに、彼は答えた。
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