空腹

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

空腹

「社長! どうして我々の仕事っぷりは認められないのですか?」 「認めるどころか、マイナス評価らしいじゃないですか!」  スタッフたちは語気を荒げ、社長に詰め寄った。 「諸君の使命はなんだね?」 「降り積もる廃物を処理することです!」 「仕事に誇りを持っているか?」 「もちろんです! どの工場よりもスピーディーに処理します!」  声を揃えるスタッフたち。 「その意気込みは素晴らしい。しかし、この工場にはオーナーがいる。オーナーの意向に沿うことができなければ、評価されんのだよ。わかるかね?」 「オーナーの意向?」 「そう、それが資本主義の原則なんだよ。所詮、我々は雇われの身。この工場はオーナーの持ち物だからね」 「それはそうとして、オーナーは具体的に何とおっしゃっているのでしょうか?」 「それが……」社長は言葉を濁した。 「君たちの働きっぷりには、大変満足していらっしゃる。ただ、満足しているからと言って、その働き方を歓迎しているわけではないと──」 「ん? いったいどういうことです?」 「なんと言うか……オーナーはスリム化を目指しているらしい」 「工場のですか?」 「いや、オーナー自らの、だ」 「はい?」 「要するにだな、オーナーはダイエットをしていらっしゃるのだ」  ぽかんと口を開けるスタッフたち。 「で、君たちの働きっぷりがあまりにも優秀だから──」 「そうか、常に空腹になってしまうってことか!」と、スタッフのひとりが手を叩いた。 「その通り。オーナーはいつもお腹を空かせてるんだと」 「なぜ、それがダメなのです?」 「わからんかなぁ……空腹だからどんどん食べてしまうんだよ。結果的に、いつまでたってもダイエットに成功しない。そう嘆いておられる」 「では、我々の仕事のスピードをもっと落とせと?」 「そこがやっかいなのだよ……実はそういうわけでもないんだ。オーナーは食べるのがめっぽう好きなお方。バクバクと好きなだけ食べることで満足していらっしゃる」 「それじゃ打つ手がない。いったい我々にどうしろと?」 「妙案を思いついたんだよ」と、社長はほくそ笑み、スタッフのひとりを指差した。 「吉田君。しばらく出張に出てくれないか?」 「出張ですか?」吉田がスタッフの列から一歩あゆみ出る。 「そうだ」 「出張先では何を?」 「重要なミッションだよ。オーナーが思わず恋に落ちてしまうような男を見つけてほしい。食欲を自制できぬオーナーでも、好きな男ができれば、ちったぁ暴食もマシになるだろう」  工場の命運がかかった使命。吉田は意気揚々と工場を飛び出して行った。  あれから半年が経ち、社長とスタッフたちは再び会議の場を設けた。 「吉田君、この度の出張はご苦労だったな。オーナーが恋に落ちるところまでは実によくやってくれた。しかしだな──」  社長の声を遮るように、上からは廃物が大量に降ってきた。 「すみません! 私のせいで……」  吉田は社長の前に飛び出すと、なりふり構わず土下座してみせた。 「まぁ、こればかりはどうしようもない」  社長は諦めたように足元の廃物を踏みつけた。 「しかしまぁ、失恋のストレスでこうも食欲が倍増するとは……」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!