プロローグ

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 いや美容師と言うだけでは、彼を説明し尽くしたことにはならない。  4年前、日本に帰国してから、香坂ホールディングス所有のビルを譲り受け、改装に着手。  そして昨年の9月。  ヘアサロンだけではなく、メイクスタジオやエステ、ドレスレンタルショップ、ジム、薬膳カフェ、三ツ星で修行したシェフのいる本格フレンチレストランなどを備えた美の殿堂『reincarnation〈リインカネーション〉』を開業し成功を収めた、若き実業家でもある。  開業したとたん、各階を順に巡れば外見だけでなく体の内側も磨かれる、と女性のみならず、美に関心のある男性たちの間にも評判が広がった。  そしてあっという間に一度は行ってみたい、あわよくば香坂玲伊に会いたい、と誰もが願う憧れのスポットとなった。  そんな彼の、長くしなやかな指が丹念にわたしの髪や頭皮を行き来しているんだ……  そう思うと、えも言われぬ心地よさが電流のように全身を駆けぬける。 「もう少しだけ、頭、上げてくれる?」  そう言って頭を抱えられたときは、息がつまるかと思った。  彼の動作のすべてが、わたしの心を震わせる。  どうしようもないほど、この人が好き。  でも、いくら彼を想っても、この恋が成就する可能性はゼロ。  だって、彼にとって、わたしは最初から問題外。    ――優ちゃんは、俺にとって妹のようなものだから  そう、本人にはっきり言われたのだから。
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