ミスリード

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 地べたにシートを敷き、全員に酒や食べ物が行き渡ったところで、新歓が始まった。まあここに花はないですけどウチのサークルには華があるので、などと代表がふざけた挨拶をしたとき、先輩の女子たちは「ばっかじゃないの」「セクハラだ」「死んだほうがいい、てか死ね」などと国会中継も真っ青な野次を飛ばしていたが、その表情は揃いも揃ってまんざらでもない満足げな笑顔を浮かべているのを見た僕は、何かの手違いで今すぐここに隕石でも落ちてこないかなあ……と心から思った。春に似合う桜の花ならまだしも、敢えて喩えるとするならば、どいつもこいつも木瓜(ボケ)の花だ。酒や食い物と一緒に除草剤を買ってこなかったことを後悔した。  もちろん未成年者飲酒禁止法などという法律はこの空間において通用しておらず、一年生もビールや酎ハイの缶に口をつけていた。僕もなんとなくカシスオレンジの缶を開けて喉に流し込んでみたけれど、甘ったるさか、あるいはそこに確かに存在するアルコールの作用によって少し気分が悪くなって、一口で缶を置いた。実家にいた頃、うちの父親は毎日のようにビールを飲んでいた記憶があるが、カクテル程度でこんな体たらくでは、とてもチャレンジする気持ちになれない。この一杯のために働いている……なんて、寝言もいいところだ。酒好きの人間は五臓六腑に至るまで被虐願望があるとしか思えない。  このサークルは派手な活動をしない代わりに、遊びや飲み会好きが多いと聞いた。決してそれがガセではないと理解できたのは、まだ乾杯の音頭がかかってからさほど時間が経っていないにもかかわらず、辺りに響く笑い声の大きさとか、テーブル代わりにした段ボールの上で死んでいる空き缶の数がかなりのスピードで増えているのを目にしたからだ。小学生のように無邪気な追いかけっこをしている連中がいると思えば、傍らでは僕と同じ新入生の男子が同学年の女子の隣を陣取って、獲物を狙う山猫のようなぎらぎらした目をしながら話しかけている。  僕は昔から、女性のほうが男性よりも、性格でいえば全体的に大人びている印象を持っていた。話しかけられている女子はその仮説を裏付けるかのように、興奮のあまり(よだれ)の飛沫を(ほとばし)らせている男子の言葉を適当にいなし続けていた。食欲と睡眠欲、そして性欲はいつの世代にも共通して存在するのだと思い知らされ、気分の悪さに拍車がかかる。  僕は手近にあった緑色の缶を手に取りつつ、地面に敷かれたシートから立ち上がって靴を履き直すと、集団の輪から離れた。夕暮れが近くなってきて、この公園に着いたときよりも、わずかに辺りを照らす光量が下がっている。ブロック塀をよいしょと跨ぎ、そのまま斜面側に脚を投げ出して腰掛ける。
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