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僕はいったい、この世界のどこが好きなのだろう。嫌いなところはいくらでも思いつくのに、好きなところとなると、ひとつも浮かんでこない。興味のないことは炊いた米粒みたいにいくらでも頭の中にこびりつくが、本当に好きなものや大事なものは全て僕の身体も心もすり抜け、結局は何も残っていないような感覚がある。
寝食を忘れて没頭する趣味とか、どんな大罪を犯したか知らないがそれでも自分はこの人の味方だと胸を張って言えるほどに好きな存在などいなくても、生きてはいける。だが嫌いなものだけでは満足できないし、本当の意味で孤独に成り果てた瞬間は、二度と取り戻せない時間に想いを馳せながら、自分で自分を抱きしめることくらいしかできることが残っていない。夜な夜な布団に包まりながら、くねくねと胎児のような姿勢で寝ている男を、少なくとも僕は好きにならない。鶏皮の焼き鳥みたいに、折りたたまれたそのど真ん中を絶望という串で貫かれればいい……とは思う。
結局、どっちつかずのまま「なんとなく」ですべてを肉付けしつつ、尖らずにただ漂っているのが一番の幸福なのかもしれない。人間は傲慢だ。そもそもこの先の僕の人生がどんなものであったとて、それにいちいち講釈を垂れてくる存在は僕自身以外全員が所詮外野であり、誰も自分の言ったことに責任は取らないし、僕がこの先どれだけ粉々になったガラス窓みたいに多くの人を傷つけたとしても、大人になってしまえばすべて僕の不徳の致すところとして処理される。
そのくせ「ほら、言わんこっちゃない」「学生のうちにたくさん失敗を重ねておけばよかったのに」「自分から行動しないからこんなロクデナシになった」「これも現政権が生み出した負の存在か」などと好き勝手を言う。たとえ僕がこの先にシリアルキラーとかマネーロンダリングとかでこの手を真っ黒に染めたとしたって、そのように宣うであろう連中の喉笛だけは、今のうちから確実に潰しておかなければいけない。
そのために今日、ここに来た。
はずだったのだが、アルコールが脳みそをぴりぴりと麻痺させていく感覚が残っていて、今は半ばどうでもよくなってきた。酒なんか飲むもんじゃない……と分かっただけ、一歩前進ということにしておきたい。これは蛇足だが、今日はこれくらいにしてやるからな、と捨て台詞を吐いて逃げていったフィクションの悪役が「これくらい」以上の反撃をして成功したところを、僕は見たことがなかった。
「ねえ」
振り返ると、初めの数秒は西日に目潰しを食らった格好になって、声をかけてきた人物のシルエットしか判別できなかった。
それでも身体が細くやわらかな線を描き、風になびく長い髪が金糸のようにきらきらとしていたから、女性だということだけは理解できた。
「なんで新歓で一人ぼっちになってんの、きみは」
じわじわと視界がはっきりしてくると、ようやくその人物が同級生での女子であることが分かった。サークルに入会したての自己紹介で北上梓と名乗っていた彼女は、他の一年生たちだけでなく、サークルの全メンバーで誰よりも目立つ明るい金にブリーチされ、それでいてバサバサに傷んでもいない長い髪が印象的だった。だいたいの場合、そういった派手な髪色はアニメや漫画だからこそ成り立つわけで、特に日本人の顔立ちでそれをやるとちぐはぐになってしまいがちだが、不思議と彼女にはそういったところがなかった。
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