7人が本棚に入れています
本棚に追加
*
あとで知ったけれど、このときの僕が勢いよく飲み干した缶の中身は、実は「お茶」ではなく「お茶割り」だった。缶の色だけで勝手に中身がお茶だと思い込んでいたらしい。
思い込みによって一日に二度も失敗した僕は、気がついたら帰りの電車の二人掛けクロスシートに座らされており、隣の席に座っていたのは、長い金髪の女。
言うまでもなく、それは北上梓だった。
彼女もまた、僕のほうを向いて同じように眠っていたようだが、僕が目覚めたことを感じ取ったのか、すぐに目を覚ました。未だ眠気にとろんとした瞳は、それでも目覚めた瞬間から確実に、僕のことを捉えている。
「あんたさ、酒弱いのにどうしてあんなもん持ってたの」
「酒? お茶じゃなかったのか、あれ」
「じゃなかったのか、じゃないよ。おかげさまで大変だったんだから」
聞けば、お茶割りをいきなり大量に飲んだ僕はその後すぐに潰れてしまい、彼女はそんな僕をずっと介抱していたのだという。おかげさまでとっとと帰れたからいいけどね、それと誰もあんたの住所知らなさそうだったから勝手に財布にあった学生証の住所見たよ……と涼しい顔で話している彼女の酔いは、とうに醒めているようだ。すまない、何が、電車まで連れてきてもらって、いやあたしとあんた帰る方向一緒だし別にいんじゃね。その情報すらも初耳だったものの、僕は確かに安堵していた。
彼女と肩を並べているこの時間、僕は死だの孤独だのという、いつ現れるかすら定かではないものに悩まされることはない。仮に僕が本当は一人であったとしても、独りになることはない。僕が一人でどれだけ考えてもどうにもならないことではなく、もっと自分の近くにあることについて考えられる。
その証拠か、普段は自分の世界にこもっている通学の電車内が、今はいつもより明るく、鮮やかに目に映っている。
今日の新歓を何かしらの理由でスルーしていたら、こんな光景は眺められなかっただろう。
「よかったね」
酒のにおいが混じった彼女の温い息が、僕の鼻先に届いてくる。酒の力を借りているせいか、僕はそれでも身じろぎすることなく、彼女の瞳を見つめ続けることができた。その瞳が日本人には珍しく青色をしていることに内心で少し驚きながら、訊いた。
「なにがだ」
「はじめてのお花見ができて」
「あの公園、花なんか咲いてなかっただろ」
「でも、今のあんたの目の前には、きれいな花が咲いていると思わない?」
いま、彼女は唇を薄く開き、僕に微笑みかけている。
僕は心の中で、この一輪の花に「人誑し」という名前をつけることにした。
/*end*/
最初のコメントを投稿しよう!