ミスリード

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「花見なんて言って、花がねえじゃん」 「咲いてないとかじゃなくて、そもそも樹木がないもんな、この公園。ただの広場だろ」  周囲に聞き耳を立てられずに済むボリュームで、僕は隣を歩いているまだ名前も覚えていない同級生と、ぼそぼそと密談を交わしていた。  大学に入学し、面白いか面白くないかは別として、僕のような日陰者、言い方を変えるならば発泡入浴剤の真ん中に穴が開く一歩手前、端に火をつけた写真の笑顔がどろどろに溶けていく瞬間のような、しみったれた存在でも受け入れてくれそうなサークルの門を叩いた。高校さえ出てしまえばそれまでの煩わしいくそ田舎の人間関係はリセットで、そこからは新しい自分が卵から(かえ)った怪獣みたいに雄叫びをあげるものだとばかり思っていたのに、結局は今までと同じく、割りそこねた生卵の黄身が情けなく濃い色を漏れ出させるだけ。その現状に対して絶望しつつも、それでもこうやって新歓をブッチしないで足を運んできたことは評価してほしい。  僕の通う大学は小高い丘の上にあり、そこから全員で坂を下りつつ、途中のスーパーで酒や食い物を仕入れた。その後、ちょうど大学と駅の中間ほどにある、街を一望する公園に向かった。去年もここだったんだよなー……などと、名前も知らない上級生たちが談笑しているのを、聞き流しているようでしっかり捉えながら、僕はたんまりとビールや酎ハイの缶が詰まった段ボールをえっちらおっちら運んできた。木々の間をすり抜けるように設けられた木の階段を昇りきって、ようやく目の前に開けた景色を目にしたとき、僕とたまたま隣に突っ立っていた同級生とで目配せをしながらコッソリ交わした言葉が、冒頭のやりとりだったというわけである。  そこは公園というよりも、何もないだだっ広い空間で、股下くらいの高さしかないブロック塀がそれをぐるりと囲んでいるさまは、何も知らない人が見たらただの駐車場のように見えなくもない。街を見下ろす側にある塀の向こうは斜面になっていて、その下には林が広がっているけれど、花を咲かせている樹木はひとつもなかった。  あとで知ったのだが、別の場所にちゃんと遊具類があるエリアもあったらしく、僕らはシンデレラ城を目にしただけで東京ディズニーランドを制覇したかのように錯覚するのと同じく、なんの本質も理解しないままですべてを知った気になっていたらしい。でもその頃は事実に気づかないまま、ただ踊っていただけという話である。
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