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「玉子焼きにも性格出てるねぇ。茶色い部分がなくて、黄色で形がきっちりしてる。超真面目。俺なんかビーカーにコーヒー入れてんのに」
「……理科の先生って本当にそういう事するんですね」
「え。だって俺、それがしたくて教師になったようなもんだし」
めっちゃテキトーだな。
「……本当に真面目だったら、今、わたしはここにいませんよ」
「かはっ! 確かに!」
佐々木先生は大口を開けて笑った。さっきもだけど、変な笑い方をする人だ。
「仕事終わったら化学準備室来なよ。ビーカーに入れたコーヒー、作ってあげるよ」
「……ちなみにお湯はアルコールランプで?」
「いや? 電気ポットだけど」
そこは違うんだ。こだわっているようでこだわっていないのが、テキトー加減に拍車をかけている。
卵焼きを飲み込んで、今度はタコさん型の赤ウインナーを箸で持ったら、「隙アリっ!」と素手でもうひとつの玉子焼きを取られてしまった。
死んだ魚の目をしているのに元気だな、この人。「おお、甘いだし巻きだ。うまっ」とか言って咀嚼している。
「あの、佐々木先生」
「ふぁい?」
「わたしってそんなに真面目に見えます?」
第三者から見た自分を教えてほしいなんて頼めるような人はいない。佐々木先生はあんまり話したことのない先生だけど、この人なら嘘をつかずに正直に答えてくれると思った。彼は頷く様子を見せ(多分玉子焼きを飲み込んだのだろう)、わたしを見た。
「授業は見たことないけど、いつもきっちりポニーテールなとことか、休日なのにフォーマルなスーツ着てるとことかは真面目に見えるかな。あと、眉間にしわ寄せてずんずん廊下歩いてるのをよく見かけるけど、『一生懸命』って書いたハチマキ巻いてるみたいだなって思ってた」
白衣着てるくせにオブラートは持っていないらしい。激にがの薬を直に飲ませられたような気分になった。今『眉間にしわ寄せて』って言われたばかりなのに、眉間どころか鼻頭にまでしわが寄る。
確かにわたしは一生懸命だった。脇目も振らず、真っ直ぐに教科書通りのことを生徒に教えている。だから生徒からの評価もよくないことは、なんとなく知っていた。頭が固い真面目教師──そう思われているから誰もわたしに寄り付かない。
「もっと肩の力抜けばいいのになぁ、とも思ってた。まぁ、まだ先生になって1年の新人だから、気を引き締めなきゃって思うのもわかるけどね」
「……佐々木先生も新人のときは真面目でした?」
聞いても無駄だろうなと思いつつ、聞いてみる。
「俺? 真面目に見える?」
「…………」
小首を傾げて微笑むに留めておいた。
「ま、慣れたら俺みたいにテキトーになるよ」
「……見習いませんけど、参考にはさせていただきます」
「かはっ! いいねぇ、新見先生面白い!」
また変な笑い方をされた。この人、結構笑い上戸なんだな。
頭上に桜があるからか、変な笑い方や変なことを言われてもイラっとしなかった。むしろ知らなかった人のことを知れて、話せて、少しだけ心が落ち着いた気がする。
人と話をするって、大事なんだな。
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