桜花爛漫

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 頭上に咲く桜は、わたしだけを見ている。春休み中でもある日曜日の今日は、部活動もないので生徒たちはいない。中庭の桜とベンチはいつも生徒に占領されているから、独り占めだ。  家で作ってきたお弁当箱を広げる。おにぎりが3種類とおかずが数品。空も晴れて風も暖かい。絶好のお花見日和だ。  お箸を持って両手を合わせた。 「いっただっきまー……」 「あれ? 新見先生?」  誰もいないと思っていたわたしは、声をかけられてフリーズしてしまった。怖くてすぐに振り返ることができない。  ひとひらの桜が、おにぎりの上にはらりと落ちた。 「なにやってんの? あ、もしかして花見?」 「……佐々木先生」  前までやってきて影がわたしに落ちたので見上げると、私服に白衣を羽織った化学の先生が立っていた。新人のわたしより10歳ほど上の佐々木先生は、身長が180センチくらいあってスタイルはいいのに、髪の毛はボサボサで死んだ魚のような目をしている。そして手にした棒付きキャンディーを口に入れ、頬を膨らます。  教職に就いて最初にこの人を見たとき、『苦手だな』と思った。感情が顔に出なさそうで、何を考えているのか読み取れないところがわたしにとっては怖くて、即、苦手な部類に振り分けた。あんまり話したことがないから見た目で決めつけただけの、ほぼ想像だけど。 「日曜日に学校に来て、花見? 家で休まなくて大丈夫?」  そう言いながら少し間を空けて隣に座る佐々木先生。てっきり咎められると思っていたので、拍子抜けしてしまった。 「……休日出勤なんです。その中で楽しみを見つけたくて、花見を」 「わざわざ弁当手作りして?」 「はい」  一瞬だけ、佐々木先生の目が開かれたような気がした。『変わった新人だな』と思われているような気がする。別にいいけど。 「でも花見ならもっといいところがあるじゃん。なんでまたここで?」 「いつも生徒が占領してるんで、独り占めしたかったんです。公園の桜も花見客でいっぱいだし、ひとりで見たかったので」  顔を上に向けると、薄ピンクの桜が太陽の光を浴びて小さく揺れていた。ひらりひらりと花びらが離れ、未練がましそうにゆっくり落ちていく。  春といえば桜。桜といえば花見。花見といえばお弁当。仕事が終わらない中、そんな連想ゲームでわたしはここに座っていた。 「あ、じゃあ俺邪魔だね」 「ええ、邪魔です」  視線を戻して佐々木先生を見れば、死んだ魚の目と視線がかち合った。 「かはっ。新見先生は正直者だねぇ」  ポケットから棒付きキャンディーをひとつ取り出し、「あげる」と手渡された。ほぼ強制のようだったので小さく会釈してからいただく。そのままお弁当箱を入れてきた袋に仕舞った。  邪魔だと言ったのに、佐々木先生はベンチから立ち上がる気配はなかった。わたしは諦めて弁当箱に蓋をした。 「佐々木先生はいつも棒付きキャンディ食べてますよね。好きなんですか」 「いんや別に。俺、ちょっと前までタバコ吸ってたんだけど、今喫煙所ってあんまりないっしょ。タバコも高いし、探し回ってまで吸うのってコスパ悪いなぁって思って、やめた。そしたら無性に甘いもの食べたくなってさ」 「食べ過ぎて糖尿病になったら、それこそコスパ悪いですよ」 「それな」  国語教師のわたしと化学教師の佐々木先生が関わることなんて、今まであまりなかったので、こうしてふたり並んで話しているのが不思議だ。  陽気な天気に包まれているからか、心も割と穏やかだった。
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