悪役令嬢物語が魂に刻まれている

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「あ、あら……?」  状況がわかっていないデイジー。  眉をひそめて睨んでくるセレスティーヌ。  エルマーは落ち着き払った態度で教科書を手に掲げ、居並ぶ令嬢たちを見回して厳粛な声で告げた。 「よくもこんな意地の悪いことを思いつくものだね。しかも、考えただけではなく実行に移すだなんて。この件は私がいま確認した。証拠もここにある。なお、親に泣きついてもみ消すだとか、噂にならないように手を回すといった逃げ道は、私が全力で全部ふさいでおく。逃げも隠れもしないように」 「殿下……!」  それまで余裕を見せていたセレスティーヌが、カッと目を見開いて声を上げた。  美しい顔が怒りに歪んでいる。  ちらりとだけその顔を見てから、エルマーはアルテミシアを振り返った。 「私自身は、彼女たちが直接手を下すところは見ていない。止められないで済まなかった。だが、君にわざわざ嫌味を言いに来たところはこの目で見た。あれは、犯行の自白のようなものだ。君はどうする、彼女たちに謝って欲しいか?」  なるほど、とアルテミシアはそこで得心をする。 (殿下が先程私に反論なさらなかったのは、そういうことですか。見ていたら止めたけど、その場にいなくて、騒ぎが起こるまで気づかなかった、と。もしかして言い争いが始まった時点で、間に入ろうとしてくれていたのかも? その前に私が拳を振りかざしたので、ひとまず時間を止めた……)  当たり前のように、「平民出身だからといって、いじめを受けて良いはずがない」と思ってくれたというのなら、嬉しい。マイナスだと思ったらゼロくらいの話だが、この世界においては貴重な価値観に違いない。  アルテミシアは、エルマーの目をまっすぐに見て告げた。 「形だけの謝罪は不要です。それで終わったことにされたくないので。ですが、殿下が口を挟んでくださったおかげで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ですので、私もいつまでも許さないと突っぱねるつもりもありません。心から……謝ろうと思えたときに、謝ってください。思えないなら謝らなくても構いませんが、あなたは一生それを背負うことになります。つまらない理由で同級生をいじめてにやにやしていたアホって事実を。あなたが忘れても、私はこの先もずっと忘れませんから」  途中からは、セレスティーヌに向けて。  唇をかみしめていたセレスティーヌは、無言で背を向けて立ち去った。取り巻きたちも後に続いてばたばたと教室を出ていく。 (誰一人謝らなかった……。こんなものか)  勝利の感慨はなかったが、これで終わるなら上々といったところで、気分は悪くない。  それどころか、気が抜けたのか、ため息をついた拍子に涙が浮かんできた。 「少し、休んだ方が良い。どこかでお茶でも飲んで落ち着いて」  エルマーにさりげなく声をかけられ、アルテミシアは忘れかけていた彼の存在を思い出した。 「結構です! 婚約者のいる男性に近づかれたくないんです! 次はそれを落ち度とし、明確な理由があって嫌がらせを受けるでしょう。私も反撃しづらくなります!」  なぜかふふっと笑ったエルマーは「私には婚約者はいないけど、言っている内容は理解できる」と呟いた。そして、破かれた教科書を丁寧な仕草で集めて重ね始めた。  それは私が、とアルテミシアは慌てて手を差し伸べて、彼の手から教科書を奪い取った。 (凡庸ではないタイプの王子様っぽい! あまり近づかないようにしないと。正ヒロインはたいてい、男で失敗をするんだから……!)  * * *  
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