悪役令嬢物語が魂に刻まれている

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 一ヶ月ほど過ぎたある日、セレスティーヌから謝罪を受けた。  それを皮切りに、意地を張っていた取り巻きたちも謝りにきた。どうしても納得がいかなかったらしいひとりは、隣国に留学すると言って、学院を辞めていった。  アルテミシアはそれとなくセレスティーヌに探りを入れたが、転生者ではなさそうという結論になった。  ただの鼻持ちならない、平民を見下した、高貴なるお嬢様のようだった。  それも、物理ではないにせよ、精神的な意味でエルマーに横っ面を張り飛ばされて、だいぶ考えが変わってきているらしいのが見て取れた。  そのせいか、卒業までの間に、妙に仲良くなってしまった。  こうなってくると、悪役令嬢も正ヒロインもない。  次なる課題は、アルテミシアの実家の事情だった。 「卒業までに、どうにか逃げる算段をしないといけないんです。いっそ、遠くから留学している王族とかいませんかね。侍女に雇い入れてもらって、帰国のときに連れて行って欲しいです。私、成績は優秀なので」  いよいよ卒業という学年になってから、学院のティールームでこっそりとセレスティーヌにだけ打ち明け話をした。逃げる算段がつくまえに、友人知人の口から実家に伝わってしまえば、退学させられ、変態貴族との結婚式まで監禁されるというのも、おおいにありえる。  チートはないが、この世界の住人として、勉強はひたむきに頑張った。  そのおかげで、現在はエルマーとテストのたびに首席・次席を争う中だ。  お茶を飲みながら話に耳を傾けていたセレスティーヌは、簡単なことね、と切り出した。 「ぐうの音も出ないような相手に見初められて、婚約してしまえばいいのよ。お義姉さまの身代わりにあなたを婚約者に仕立てようと画策している子爵夫妻は、正式な婚約までは口約束で娘の名前も年齢もごまかしているのではなくて? あなたが絶対に断れない相手を連れていけば、すでに伯爵と婚約しているだなんて、抗弁もできないはずよ。それで本来の約束通り、お義姉さまに嫁いで頂けば良いのよ」  さすが公爵令嬢は、逃げる云々よりも大胆な策を授けてくれる。 (セレスティーヌさまくらい美人で中身も完璧だったら、それもありえるでしょうが)  入学時の騒動は遠く、いまとなっては「高貴なるものの責務」を強く認識し、美しい心ばえのご令嬢となったセレスティーヌを、アルテミシアは目を細めて見つめる。とてもまぶしい。 「私の場合は、見初められるのが、まず難しいですね! 学院の男性陣はほとんど婚約者がいるか、内定している方ばかりでしょう。トラブルにならないように、私は近づかないようにしてきました。たまに話すのは、エルマー様くらいで。勉強の話だけですが」  悪役令嬢によるいじめを入学早々に解決したとはいえ、前世の知識はおぼろげながらも魂にしっかり刻まれている。  それによれば、いくら学院に「在学時は身分にとらわれず自由にのびのびと意見を言い合い、お互いを高め合う」という建前があっても、決して真に受けてはならないのだ。  裏を返せば、学院の外は言いたいことも言えないガチガチの身分社会ということなのだから。  であれば、卒業後の損得を考えて逸脱をした振る舞いをしないのが「学生としてのあるべき姿」だ。 (安心しきってどっぷり貴族社会の男性とも普通に話していたら、「色目使いの正ヒロイン」ルートに突入するかもしれないし)  平民出身の子爵令嬢として、アルテミシアは分をわきまえ、決して男性たちに近づかないように気をつけてきた。  結果的に、女友達はできたが、男性の知り合いはいない。  ここから相手を見つけて婚約までこぎつけるのは……。  考えるまでもなく諦め「他の方法を」と言っていたところで、エルマーが顔を見せる。  セレスティーヌに目配せで「相談してみたら」と言われ、アルテミシアは眉間にしわを寄せつつ当たり障りなく告げた。 「実家が絶対に反対できない就職先を探しているんです。ものすごいところ」  あはは、と笑ったエルマーは軽い調子で「それなら心当たりがあるよ」と請け合った。 「私たちの切磋琢磨が学院卒業とともに終わるのはもったいない。この後私は、宮廷においては兄を支える宰相となるべく勉強を始めるけど、君もどう? その優秀さで、しかも平民の感覚と貴族社会の慣習を兼ね備えた女性というのは、兄上の治世に画期的な変革をもたらすと私は思う」  アルテミシアは、ふと前世の記憶を探る。  こういう展開になるまんがはどこで読んだかな……と。  おぼろげな記憶を追い始めて、やめておくことにした。  未来はわからない。自分で選んで歩んでいく。どうせチートのひとつもないのだ、この世界の人間として、これからも精一杯生きるのみ。 「いいですね! やってみたいです!」  満面の笑みでアルテミシアはその誘いに応じ、エルマーとしっかりとした握手を交わした。  セレスティーヌはにこにこと笑いながら「そうなると思っていたわ」と呟く。    学院から王宮に勝負の場を移し、筆頭宰相の座をかけて争うライバル二人が、やがて夫婦として結ばれるのは、数年後の話。
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