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**桜吹雪の中彼女を見失う。**
短編、一話完結です。
桜の満開がずいぶん早くなって、三学期の修了式にはもう並木の歩道が花びらで疎らに被われるほどだった。
「ナホ、学童祭りの打ち合わせどうするー!?」
車道の向こう側に見知った顔を見つけて、アオイは大声で呼びかけた。
ランドセルを背負って雑談しながら歩いていた三人のうちの一人が、声に気づいてもう一人の少女の肩を突つき、ガードレール越しにアオイを指さす。
「何ー!?」
「学童祭りの打ち合わせ!」
「あー……」
忘れていたのか、忘れたふりをしてさぼるつもりだったのか、ナホと呼ばれた少女は困惑した表情を浮かべてちょっとの間思案した。
「行かなくて良くないー!?もううちら六年なんだしー!」
「ズルいだろそれー!!」
車道は二車線あり、道の反対側はけっこう距離があったし、横断歩道はすぐそこにあったのに、二人は道の向こうとこっちに立ち止まったまま、大声で会話を始める。
ナホと一緒にいる二人の少女も、怒鳴り合いを眺めて、その場にただ立ち止まっているだけだ。
と、自転車が近づいて来たのに小学生達は気づき、けっこうな間続いていた大声の会話はしばらく止まった。
「ナオ、もう行こうよ。時間なくなっちゃう」
「あ、そうだね。アオイ!行けたら行くから!バイバーイ!」
あっさりと少女たちは歩き始め、アオイも仕方なく通学路どおり、反対側に歩き出す。
ナホの事を、みなナオと呼んでいる。学校に訪れた母親でさえ、ナオと呼んでいた。いや、母親が呼んでいたからみんなもナオと呼び始めたのかも知れない。
でも、アオイは頑なにナホと呼んでいた。自分でも理由はよくわからない。ただ、なんとなくそう呼ばないといけない気がしていた。
「アオイ!」
車道の向こう側からナホに呼びかけられて、アオイは小学生の時もこんな事があったな、と思い出す。
ナホは、背の高い男と二人連れだった。
アオイは軽く手を挙げて、相手の男にもわかるかわからないか程度の会釈をして、そのまま歩き出す。
昔は車道の向こうとこっちで、大声で喋ったっけ。
桜が強い風で舞い上がり、車道を吹き抜けていく。
そのまま、アオイは彼女を見失うはずだった。
振り返って横断歩道を渡ったアオイに、ナホは駆け寄ってきた。
そして今は、隣を歩いている。
「あの後、学童の打ち合わせってお前来たんだっけ?」
「行きましたよう、だいたい、初めからいくつもりだったもん」
「それにしてはずいぶん抵抗されたような記憶が」
「まあ、そういうものでしょ、小学生なんだからさ」
そういって笑うナホの制服の肩先に、桜の花びらが踊っていた。
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