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君の秘密
「私の暗殺を目論んだ者たちはとっくに捕らえているから違うな」
「そうですか……」
朝食を済ませた私たちは、約束通りタウンハウスへ向かった。
エドアルドの暗殺を目論んだ者が私のことを狙ったのだと思ったけれど、どうやらそれは違うらしい。
ちらりと目の前に座るエドアルドを盗み見る。
窓の外に視線を向け考え込むような表情をする彼は、朝の日の光を浴び神々しいほどに美しい。
(どうしてこんな美しい人と私が想い合っているのかしら)
それがとても不思議だし、思い出せないことが歯痒い。
エドアルドは私にまっすぐに愛を伝えてくれる。けれど、どうしてそうなったのか私には分からない。
(知りたい……)
私の、彼を思うこの気持ちを知りたい。記憶がなくても彼を愛おしいと思う理由が知りたい。それほどに彼を愛していた理由が知りたい。
(愛おしいと思うこの気持ちが記憶なのか、それとも……)
ガタガタと揺れる馬車は、私とエドアルドを乗せて雪景色の中を静かに進んだ。
*
「お帰りなさいませ!」
タウンハウスに到着すると、使用人たちが涙ぐみながら迎えてくれた。
「ただいま。皆、ありがとう」
出迎えてくれた家令に礼を言うと、その白髪の混じった口ひげを震わせ涙ぐんだ。何かしら、涙もろい人が多いわね? 土地柄なのかしら?
「ユリはどこに?」
「ユリは早朝に出かけたきり、まだ戻っておりません」
確か、王太子に用を頼まれたと聞いている。隣のエドアルドに聞いてもいいけれど、ウィリアムという名をユリに教えてもらったことが関係している気がして、何となく聞けずにいる。……ウィリアムって誰。
私たちが向かうことは既に伝えられていたのだろう、タウンハウスの周辺は王家の騎士たちが警備をし、物々しい雰囲気に包まれていた。使用人たちに礼を言い、素早くタウンハウスへ入ると、エドアルドは私の手を取ったまま慣れた様子で上階へと上がる。
「あ、あの、どこへ……?」
「上階が君の部屋だよ。申し訳ないが君が姿を消してすぐ、部屋も調べさせてもらったんだ」
「そうですか」
私には初めての場所のように感じるタウンハウス。きょろきょろと見回す私の手を引いて、エドアルドは迷うことなく部屋へと向かった。
部屋に到着すると、すっと身体を引き私に扉を開けるよう促され、私は小さく頷き静かに扉を開いた。
「……ここが」
王都へ来た際には滞在していたという、私が利用していた部屋。
華美過ぎない落ち着いた家具に、カーテンや絨毯。中央に配置された家具は最低限だ。マントルピースの上に飾られた絵が、なんとなく私の好きなもののように思えた。
「今回君は王城に滞在していたけど、一度ここに立ち寄っているらしい」
「ここに?」
「公爵家へ向かう前にこの部屋に寄って、すぐに出て行ったそうだよ」
「……」
公爵令嬢のお茶会へ行ったというあの日。その前にここに立ち寄った理由は何だろう。
「君がいなくなってすぐにここも調べたが、他の者の気配や魔力の痕跡は見つからなかった」
入口に立ったままエドアルドはじっと私を見つめている。その視線を感じながら、私は室内を見て回った。
居室から続く扉を開けると、そこは寝室に繋がっている。足を踏み入れると、ベッドの天蓋から下がる薄いカーテンがふわりと揺れた。
「……風?」
その瞬間、逞しい腕が腰に回され後ろにグイっと引き寄せられた。背中に感じる大きな身体が私を守るように覆い被さる。
「!?」
「しっ、静かに」
後ろからエドアルドにそう耳元で囁かれ、息を止める。エドアルドが掌をかざし室内を調べはじめると、ベッドの周りにぼんやりと明るい光の鎖が浮かび上がった。
「事前に調べても何もなかったけど、君が現れて浮かび上がったな」
「これは?」
「これは君がかけた魔法だね。何かを守ろうと、誰の目にも留まらないよう念入りにかけたんだろう」
背後で話すエドアルドの声が固い。
彼の嫌がる、彼の知らない私のことなのだろう。
「何を隠そうとしていたのでしょう」
「分からない。ルディにしか解けなさそうだ」
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