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お願いね
「頑張って再婚したんだから、次は紗羅の番ね」
にっこり笑うその顔に、悪びれた様子は微塵も感じられない。
「あ、あのさ、だからって同じ設定で描いたりしたら、それパクリだよ!」
「新たな視点を入れたら大丈夫よ。両親の再婚で家族になる年頃の男女の話なんて、これまでだってよく使われてきたパターンなんだから」
自分の人生使ってまで漫画に全フリできるところは、ある意味尊敬する。
でも、それに娘を巻き込むとか、ありえないでしょ?
どうして漫画の中の主人公の、揺れる心の機微は想像力を駆使して描けるのに、実の娘の気持ちは無視なわけ?
リビングに戻ると、新しく父親になると聞かされた人が、わたしに言った。
「紗羅ちゃんの気持ちも考えずに、こんな話いきなりして、困らせてしまったみたいだね」
やっぱり、目の前にいるこの人は、どこにでもいそうな普通のおじさん。
この人にイケメンの息子がいるとは到底思えない。
ママの方を見ると、ニコニコしていた。
もしかして……ネタのことばっかり言ってるけど……本当はこの人と結婚したかっただけなのかもしれないと、ふと思ってしまった。
わたしが小学生の頃、他所に女を作って出て行ったパパを、ママは責めなかった。
ママは漫画重視の生活で、家のことを全くやらないことが多かったし、アシスタントさんが家の中を出たり入ったりして、家族が落ち着かないことが月の半分以上はあった。
妻としては微妙だった負い目がずっとあったのかもしれない。
仕事部屋とか借りればいいのに、と思っていた時期もあった。でも、そうしたらママは二度と家には帰って来ない気がして、それだったらこのままでいいや、とわたしは受け入れたけれど、パパにはできなかったんだよね。
パパと別れてからしばらくして、今の家に引っ越して、ママの仕事部屋への導線が別に設けられてからは、随分と生活環境が変わった。
昔みたいに一度に何本も連載を抱えることもなくなって、家のこともそこそこやってるし、不便なことはない。
毎日のように「何かネタなあい?」と聞かれる以外は。
「それで、しばらく仕事を休んで、ゆっくり旅行して来ようと思ってるの」
は?
今なんて?
「あの、ママは自由業みたいなものだけど、と、戸田さんのお仕事は?」
まさかいい年してヒモ、ってことはないよね?
「紗羅には話してなかったけど、総士さん、アプリの開発をする会社を経営されているの」
「小さな会社だよ。それに僕はもう第一線からは退いているから、しばらく休みをとることくらいなんでもない。それにいざとなったらPCとネット環境さえあればどこでも仕事はできるしね」
「話してなかった」って……
再婚の話も、さっき初めて聞きましたけど?
それに、いくら姉弟になるからって、お互い会ったこともない男女を家に残して旅行?
危機感なさすぎじゃない?
再婚してすぐにお互いの子供を家に残して旅行って、それじゃあまるで、あの漫画と同じ……
思わずママの顔を見た。
ママの顔が物語っていた。
『ネタお願いね』
この人、ネタ欲しさにわざわざ漫画と全く同じシチュエーションぶっこんできたんだ!!!
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