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Ⅱ
肩車であるっ!
誠にイカンながら、見つかったあたちはパパにつかまり肩車の刑に処されているのである! これでは文字通り手も足も出ない。ただただむっつりとしてトロワの隣を歩くパパの肩の上で揺られている。
そのうちに声が聞こえてきた。
「アタシは難しいことは言ってないんだ! それとも長い地下生活で地上の言葉は分からないってのかい!?」
「何だとババア! よくも言ってくれたものだ、その喉をねじり切ってやってもいいんだぞ!」
「その前にその指の骨をくまなく折ってやるよ!」
「ならその前にそのギョト目を潰してやろうか!」
ライ麦のおばさんとダークエルフたちがケンカをしていた。
「中々盛り上がっているようで?」
大きな声だけど魔法が飛び交ってないのだからまだ軽いケンカだな、と思う。
「わたしが口を挟もうにも、沸騰しちゃってお互いしか見えていないの。ほら今日エイプリル・フールでしょう? ややこしくなっててさぁ……だから”レイル”持ちのあなたに来てほしくて」
トロワがため息まじりに話す。その顔は疲れたような、今にも大きなため息を吐きそうな顔だった。
”ミレイ、こんな表情のことを『うんざり』っていうのよ”、頭の中のママがしゃべったのでこれが”うんざり”なのだろう。
「まあ確かに、彼らには冷静さが必要だ」
ミレイちゃんおいでー、とトロワが手を伸ばしてきたので、大人しくパパの肩からトロワの腕の中へ移動すると、パパが一歩二歩二人に近づいた。
「ほーらお二人さん、こっち見てくれないか」
「「あぁ?!」」
パパの言葉に二人がパパを睨みつけると、二人のつり上がった目がみるみるうちに下がり、ほっと息をついた。見ると、パパの目が、宝石みたいな綺麗な薄緑色に染まって光っている。その目を見ているとこっちまで気持ちがリラックスしてくるようだった。
「初めて見る……何あれ?」
「”竜の目の泪”。あなたのパパのオリジナル魔法よ」
「ふーん……ねえトロア、フットウって何?」
「水とか冷たいものが、お日様の光や火の力で温かくなってお湯になることよ。サムヒギンの温泉がそれね。今わたしは、二人が真っ赤になって怒っているのがそれに似ていたから例えたの」
「へぇ……タトエタって何?」
「あなたのママに聞いてみて……やっぱりいいわね、それ。今度また教えて」
「なら今度は途中で投げ出さないことだな」
振り返ったパパがぱちんとウィンクをするとトロワは口を尖らせる。
さて、何があったんだ? とライ麦のおばさんとダークエルフたちに向き直った。
「何もかにもないよ。あたしのライ麦畑にごみが降ってくるから、元を辿ってみたら、こいつらが木の実を齧ってはその芯を投げていたんだ。おかげで折角これから伸び時のライ麦の首が折れちまったんだ!」
「だから投げていないと言っている。辿ってきたところを間違えたか、それとも俺たちの誰かが嘘を言っているというのか? はたまたてめーが嘘をついているかだ!」
ダークエルフの、長い体毛の間から大きな目がぎょとりと光る。
「ああ全く何て日だい! あたしがライ麦に関して嘘をついて何の得があるってんだい!」
「だ~~って今日はそんな日じゃあねえか」
またしてもおばさんとダークエルフたちがパパを間に置いてフットウし始める。
「しょんな日って……何だっけ?」
「あら、今日はエイプリル・フールよ。最も、だからこんな変な喧嘩になっているのだけれど」
そうだった。ポワソン・ダブリルのことで頭がいっぱいで忘れていたけれど、今日は嘘のお祭りの日だったんだ。
「分かるかな、嘘をついていい日だからこそダークエルフたちはライ麦おばさんの言い分を素直に信じられないでいるのよ。だから話が堂々巡り……ぐるぐる回って進んでない。わたしとしてはさっさと現場を見に行けって感じなんだけど」
トロワの言葉に、ふうん、と言う。
そっか、おばさんの言うことが嘘だったら、これが悪い嘘なんだ。いつかパパが言っていた、嘘には種類があるっていう、、、ダークエルフたちが嫌な気分になってトロワが疲れちゃっててパパが困ってるから、これが嘘なら、これこそが悪い嘘。ついちゃいけない方の嘘。
じゃあ良い嘘って何だろう? それを聞こうとした時、「まあまあ」とパパが遠くを見て、多分あれも魔法だ、何か二人に言うとギャーギャー声がやっと止まったから、おばさんの言うことが嘘じゃないとショウメイされたんだろう。
「そもそも、普段地下や日陰を好むお前たちが日の光の下にいるのは珍しい。こんなところで何を屯しているんだ?」
パパの言葉に、ダークエルフが日の光を浴びちゃあいけねえのか!? 俺たちがここで飲み食いしていれば都合が悪いのか? それは依怙贔屓ってやつじゃあないか!? とすぐに怒鳴り声が飛んでくるのを止めて一番身体の大きなダークエルフが歯を見せた。
「知りてえなら教えてやろうか? あれを見ろ」
ダークエルフの太い指が差した方向を見ると、川岸のオークの木の一本にうっすらと何かが見える。よくよくよく見ると、泡を固めたような、もしくはクリームを力いっぱい絞ったような、半透明の塊がくっついていた。
「こいつはな……巨大カマキリの卵よ」
「うそぉ!」
ダークエルフがあたちを見ながらニヤリとして言うので大声が出た。カマキリの卵! 図鑑でしか見たことがないけどこんなに大き、
「ちびすけ相手におちょくるんじゃないよ」
「この流れで信じらんない」
すぐにおばさんとトロワが呆れた声で言う。嘘だ!
「分かりやすい嘘つくところ嫌いじゃないぜ。さて、本当は何なんだ?」
いやパパ、あたちは分かりませんでした。小さい方のダークエルフたちがおしりをふりふり踊ってる。く、悔しい!
「こいつはな、”虹鱗鳥”の卵塊よ」
「コウリンチョウ?」
トロワとライ麦のおばさんが聞き返す。
「外の奴か。当然のように事典に載っていたのは何十年前のことだったかな。絶滅危惧種がいつの間に入り込んできた?」
「いいや、いいや、これの出現はランダムよ。光素に乗る魔獣ともなれば卵だって同等。オレは数十年前に同じものを見ている。だから見届けんと場所取りをしているってわけさ。最も、常のように光を享受するやつらは気付くまい。こんなことを知っているのはオレたち光に敏感な影のモノだろうな。どうだ参ったか」
「ああ、よく見つけたな。孵化を見届けるまでって、そんな簡単に孵るものでもあるまいに」
「いや、いや、これは孵るのが早い。表面を見るに、産みつけられてから5日ほど経っているから、昨日からここに居座っているのさ」
そう言いながらも大きな口は木の実を齧っていて、齧り終えた木の実のシンってところは……なんと宙に放り投げられた! 背中の三本目の腕によって!
「投げた! それだよダークエルフ!」
「あんたの背中の三本腕だよ!」
ここだとばかりにライ麦のおばさんが大きな声を出す。ダークエルフはきょとんとしていた。
「おい兄弟、今のを見たか?」
「見てはいないけどちょくちょく風を切る音はしていたな」
「何だよ~~! 早く言ってくれよな!」
「おい、オレのせいか!?」
どっ、と笑ったりしゃべり出すダークエルフたちは何だかジョウキゲンで、だからかライ麦のおばさんの目は険しいままだった。
原因カイメイしたところで、さてごみ問題である。
「ごみが出ないようなもので囲んだら?」
「それは何だ? エール瓶とかか?」
「それまで投げたら承知しないからね。そもそもお前たちは普段芯までバリバリ飲み下すくせに」
「オレたちにだってお上品な気分になる時だってあるんだぞババア」
「ああもう、ならわたしがこの後いいものを持ってきてあげる」
ここでトロワも会話に参加し始めた。
「昨日外で見つけてきたお菓子、一人でゆっくり楽しもうと思っていたけれど特別よ。それこそお上品なものだからモリモリとは食べないでね。
で、計算上は今夜孵化するのよね? わたしも見たい! わたしがご一緒していたら三つ腕の見張りにもなるでしょう? お酌してあげるわ」
「よし! まずはライ麦ばあさんのライ麦畑、片づけに行こう!」
どうやら解決したらしい。パパがシメククルとダークエルフたちは文句を言いながらも立ち上がり、ライ麦のおばさんの後をついて行った。
……いや、解決していない! ダークエルフたちとライ麦のおばさんのケンカは解決しても、あたちのミッションはシンテンしていないんだ! トロワたちと別れてあちこち見回りに歩いている間も結局手を繋がれたままのあたちは何のアクションも起こせず、気付けばお日様が橙色になってきていた。このままだとお家に帰るだけになってしまう!
待っているだけじゃダメだ。最後の手段に全てを賭ける。
「ねえパパ、飛んで帰らない? 今日の空飛ぶ練習として!」
「おっ、お前から言い出すなんて! 上等じゃないか!」
そうと決まれば! とパパがあたちを抱え上げて走り出す。耳の横をビュンビュンと風が走る、走る。やがてちょっとした崖先に到着した。
パパが腕を伸ばし、シャツの後ろの二つのボタンを外す。シャツの後ろは肩の部分と背中の部分(※ヨークと後身頃)とに分かれていて、その間を二つのボタンが繋いでいるのだ。背中に空いた大きな穴、そこから青く、黒く、大きな翼がピン、と帆を張った。
「さあ、行くぞ!」
あたちが首の後ろに上ったのを確認したパパはゆっくり羽ばたいて空に浮く。マタタクマに上へ、上へ、、、気がついたらもう雲の真下にいた。
パパがこっちを振り向いたのを合図にママお手製のローブのボタンを外し、あたちも橙色の翼を広げる。薄い羽は風を受けて今にも破けてしまいそうだ。パパ曰く、風を受け続けて強くなっていくらしいけれど、この感じがどうも苦手ですぐに翼を仕舞ってしまうのがいつものあたちだった。
が、今日は何としても粘らなければいけない。
「ひぃいいいい……!」
必死でパパの身体にすがりつき、風の中を泳ぐ。パパにとっては泳いでいるようなものでもあたちにとっては濁流だ。全く、ただパパの背に乗って空を泳ぐのは楽しいとすら思うのに、何故自分もその一端になったら空の表情は険しいものになるのか。
「今日は一段と頑張るじゃないか、ミレイ! そら、家が見えてきた。ママが窓際にいる。行ったら開けてくれるかな、どう思う?」
「開けてく、れりゅと思いましゅ!」
濁流で舌を噛みそうだ。
「ふふ、同感!」
カコウ、お家目がけて一直線!
強行手段、これが最後のチャンスだ! 服から折りたたんだ紙を取り出すと、強風を受けて破けそうなくらいにバサバサと紙が暴れる。
”蜜蠟”、風で痛む目を見開いて、あたちは大きな翼の下ではためくシャツの襟もと目がけて張り付けた。
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