この匙はまだ投げない

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 昨日の晩は「久しぶり」の挨拶もそこそこに、兄と怒鳴り合いの大喧嘩をしてしまった。  いや、怒鳴っていたのは主にあたしの方だ。彼は比較的冷静で、ネチネチと理詰めで私を非難した。   だから、一晩寝て悪いのがどちらかをあらためて考えると……やっぱりあたしということになるのだろう。原因はひとまず置いておく。  とにかく、ダイニングでわたしたちが言い争いをしている間、甥っ子はリビングのソファでずっと身を縮めていた。部屋から出て行こうにも、わたしたちの前を通るに通れず身動きが取れなくなってしまったのだろう。  兄が鼻を鳴らして部屋を出て行った後も、ソファの上で体育座りをしたままだった。  申し訳ない。甥っ子に対しては、素直にそう思えた。高学年とは言え、まだ小学生なのだ。  自分の親が誰かに苛立ちと軽蔑を剥き出しにする様子は怖くてしかたないだろうし、それ以上に私は彼に悪いことをしてしまった。  だから、お詫びのつもりも兼ねて彼を誘ったのだ。 「明日……ラーメン食べに行かない? あたしが奢るよ」  本来なら、最近こっちの方にもできたというこだわりの『ラーメン専門店』……チャーハンではなく白飯を付け合わせに出すタイプ……に連れて行こうと思ったのだが、予定変更だ。彼には『チャーハンのありそうな町中華』で我慢してもらおう。  けれど、問題が一つあった。地元にいた頃行きつけだった店がとっくに潰れていたのだ。  近くに似たような店がないかを検索しようにも、昨日の騒動で充電をし忘れたスマホは真っ暗になったまま動かない。兄にパソコンを借りればいいのだが、あんなことがあった翌朝に頼み事をするのは癪にさわる。  困った私は、ソファでボーっとスマホをいじっていた甥っ子をふん捕まえると叫んだ。 「ラーメン屋さん、探しに行こう!」
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