この匙はまだ投げない

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「お前は頑固で人の話を聞かない。そのくせ行き当たりばったりだから、何をやっても長続きしない。今回もそうだろ?」  何度となく兄に言われた言葉だ。自分でもそう思う。私の人生の節目は、大体思いつきで決まる。そして、一度決めてしまうと周りの声は一切聞かない。 「地元に残れば?」という声を振り払って東京の大学に入った。  選んだ理由は有名な漫研があったからだ。子どもの頃から絵やマンガを描くことは好きだったので、それを中心にしたキャンパスライフを送りたかったのだ。  入学して憧れの即売会にも行った。1年目はお客さんだったけれど、2年目以降は部誌の販売もした。それとは別に、出版社の出張編集部にも顔を出した。そこで運命の出会いがあった……ように思えた。 「荒削りだが、良いものがある。今はまだ技術が足りませんが、磨けば光りますよ」  今から考えれば、たぶんリップサービスだったはずの編集者の言葉を間に受けた。この道で食べて行こうと思った。  そこからの私は、マンガを描いて出版社に持ち込むのが生活の中心になった。  漫研に顔を出さなくなった。時間が惜しくてバイトを辞めた。単位が足りずに4年で卒業できなくなった。周りが就活に明け暮れる中で、1社の話も聞きに行かなかった。  私の現状を知って父親は激怒した。「親子の縁を切る」と言われた。あたしが謝ることも悔い改めることもしなかったせいで、実家を出入り禁止になった。  貯金がみるみる減っていった。出版社の人にも「仕事探した方がいいんじゃないですか?」と心配されるようになった。  そこから一文なしになるのは早かった。住んでいたアパートを追い出され、地元に逃げ帰るしかなかった。  そうかと言って実家に帰ることもできないので、すぐ近くにある兄の家へ顔を出したというわけだ。  
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