この匙はまだ投げない

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 だから、頭ではわかっている。私が悪い。  兄の言っていることは正論だし、本当に心配してくれているのだろう。わかっていたはずなのに、大喧嘩になってしまった。  嫌味っぽい説教口調に腹が立ったから……だけではないと思う。  結局、図星を突かれたのだ。あれだけ執着していたはずのマンガ。そこへの気持ちが急速に覚めていくのを、薄々感じていた。それを認めたくなかった。  本来なら甥っ子の顔だって真っ直ぐ見られない。  彼は私にとって最高の読者だった。送ったマンガにはいつも「面白かった!」とコメントをくれた。 「もうすぐデビューするからね!」という私の言葉を唯一まじめに受け止めてくれた。  良い気になってサイン色紙を送ったら、部屋の一番目立つ場所に飾ってくれていた。  苦虫を噛み潰したような顔の親戚一同の中で、目を輝かせて私を信じてくれたのは彼1人だけだった。  私はそんな甥っ子の憧れと信頼を裏切った。そして、懲りもせずまた思いつきで彼を振り回している。味わせた失望を埋め合わせたい。そんな思いが空回りして、またまた引っ込みがつかなくなってしまった。  その甥っ子は黙って後ろを付いてくる。一体何を考えているんだろう。しばらく会わないうちに、随分と表情が読めなくなった。
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