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【一】
俺は、地元の友人と久しぶりに再会していた。友人の一人が、この度めでたく結婚するのだ。式は明日だけれど、せっかくの里帰りだ。俺は金曜日に半休を貰い、土曜日の今日は朝からこいつらと約束をしていた。
昔行きつけだったファーストフード店は記憶に違わず古くさい。ところどころ剥げかけたオフホワイトの壁紙に、使い勝手の悪い据えつけの小さなテーブル。男が四人、ケツも肘もぶつけながら駄弁るこの感じがなんとも懐かしい。
「それにしてもさ、まさか田平が一番に結婚するとか思わんかったよね」
しみじみと呟きながら、ストローで大きめの氷を突いているのは、一見アイドルグループにでも所属していそうな顔立ちの純也だ。おばさん譲りであろう親しみやすさが前面に出ている彼は、人懐っこく剽軽で小学生の頃からいつもクラスの人気者だった。
その隣で備え付けの紙ナプキンを多くとりすぎて一人あたふたしているのは、少し垂れ目で色白の郁弥だ。彼は高校一年の時にこの街に引っ越して来たらしく、俺との付き合いは同じクラスになった高二の春からだ。とはいえ、その前から純也がよく廊下でちょっかいをかけていたから、顔だけは知っていた。
「郁ちゃん、それここに置いときな」
「ん」
「あはは。そんなに何に使うの?」
もはや戻すわけにもいかないナプキンをテーブルの真ん中に置くよう郁弥を促せば、その様子を見た二人が呆れたように笑う。
「あー。田平が結婚ねえー」
「うるっせえな、純也お前さっきからそれしか言ってねえじゃん。おめでとうとかないのかよ」
郁弥によって平積みにされたナプキンをさっそく一枚とって、アイスティーの入ったグラスの水滴を拭っている田平こそが、明日の結婚式の主役だ。他の二人に比べ骨格がしっかりとしていて動作もがさつだけれど、彼も気のいい男だった。
そして、俺。何やかんやと騒がしい三人の中にいて、存在が薄くなりがちなんだと思う。高校時代のじいちゃん先生に、「水卜はこいつらのおかんやなあ」と言われて首を傾げたことは強く記憶に残っている。おかんも何も、他の三人が煩いがために大人しく見えていただけだと思う。小学生の頃から派手で何かと騒ぎを起こす純也と田平といるおかげで、俺は大人っぽいだとかクールだとか、身に覚えのない評価を受けていた。
「だって田平だよ? ねえ、郁ちゃん」
「ん」
「郁ちゃん、ナプキンじゃ鶴は折れないって」
「えー」
「えーじゃない」
「田平、しかも父親になるんでしょ」
「は!?」
「え、マジで!?」
話を戻せば、俺しか知らなかったのか、純也と郁弥の目が真ん丸に開く。
「あー、マジで。来年パパになります」
「パパ!? 田平がパパ!? お前、パパって柄じゃねえだろ。うわー。二十四で父親とか大変じゃね?」
「まあ、こればっかりはなぁ……。でも、子どもが生まれるってのは素直に嬉しいよ」
「お前、子ども好きだったもんな。あーマジか。この中じゃ絶対俺が一番だと思ってたのに」
「純也結婚しないの?」
撃沈といった感じにうつ伏せた純也には、高校時代から付き合っていた年上の彼女がいた。
「んー。貯金貯まったら」
真面目な純也らしい答えに、俺だけじゃなくて田平や郁弥も同じ顔をしている。友人の変わっていない一面を見ると少しくすぐったいような、嬉しい気持ちになる。
「郁ちゃんは?」
「ん?」
「郁ちゃんが結婚なんかしたら俺泣くわ」
郁弥への質問は純也が泣きまねで返してきて、俺と田平はまたも揃って表情を崩した。
「あはは。相変わらずおかんやってんのな」
「おかん、てかおとん、てか頼れる兄貴のつもり」
「えー」
郁弥が不満そうに返すのもいつものこと。唇を尖らせた郁弥はストローの袋で遊ぶのを止め、笑っていた俺に目を向けた。
「慶一は? 彼女とかいないの?」
郁弥の問いかけに田平と純也の視線も俺に集中する。
俺は、「んー」と勿体付けた後、思わせぶりににっこりと微笑んだ。
「いるよ。先日出来たんだ」
「え、うそ? マジで? どんな子?」
さて、高校時代、俺が付き合うのは決まって校外の女の子だった。それも何故かとびきり可愛い子ばかりに登下校の最中に告白されて、そのまま付き合ったりしていたものだから、純也たちは昔から俺の恋愛話をよく聞きたがった。
身を乗り出す二人と、興味津々だという目を向けてくる郁弥にもう一度笑いかけ、俺はゆっくりと話し始めた。
「あのね、俺こないだ高野山に旅行に行ったのね。一人だったし日帰りだったから適当に食事を済ませようと思ってその辺にあったカフェに入ったの。で、ナポリタン食ってたんだけど、そうしたら突然俺の席にやって来てさ、『運命の人だと思います』って言われたの。ふふ。面白いよね。なんかウケるなあと思って付き合ってみた」
今日、こいつらに会うことが決まった時点で話すつもりでいたから、言葉はスムーズに出てくる。むしろ、話したくて堪らなかったんだ。
「――何か、すごい女だな……」
「うん。男なんだよねー。しかも超暑苦しいし、熊みたいだよ」
わざと何ともないことのように落とした俺の告白に、俺の友人たちは「へ」だの、「は」だの間抜けな声を出したまま、唖然とした表情で固まっていた。
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