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同居人の猫又が風邪を引いた。
ここ2日間ほどは布団の中で、ウニャらウニャらと呻いていた。
流石に3日目ともなると、大分回復したようで、私が帰宅したときには居間のコタツで大相撲の中継を眺めている。
「猫のままの方が楽じゃないか?」
「汗をかきたい気分なの。それに、熱があるのに毛皮なんて着ていられるか」
成る程、と納得した。
猫には肉球と鼻にしか汗腺がなく、それ故ほとんど汗をかかない。
対してヒトは全身に300万個ほどの汗腺があり、特に夏場などはこれでもかというほど汗をかく。
高熱時の体温調節という面から見れば、人間の身体で過ごすのも理にかなっていると言える。
妖怪である猫叉の身体と、普通の猫の身体を同一に考えて良いのだろうかとか、毛皮を脱いだ後に厚着しているのは結局毛皮を着ているのと変わらないのではないか、などといった疑問は尽きないが。
猫だからな。結局のところ、気分が最優先なのかもしれない。
などと、ツラツラと考えていると、彼女の可愛らしい腹から、音が鳴る。
「化けるのに体力を使う分、腹の減りも早いか」
「……いじわる」
「すまない、失言だった。すぐに夕食にしよう」
私がトートバッグから食料を取り出すと、彼女は眉を八の字にした。
「今日もおかゆなの?」
鮭がゆ、梅がゆ、卵がゆ。最近のコンビニやスーパーの品ぞろえときたら、中々に優秀だ。手間をかけずに美味しい料理が手に入るし、汎人類——俗に言う狐狸妖怪、付喪神、妖精、精霊、神族などに対応した製品も増えてきた。それこそ電子レンジさえ使えれば、ヒトの定義が広がった今日においても食に困ることはない。
「そうだが。何か問題か?」
「うん。飽きた……」
「だったら、リゾットかチャオ・ガーでも――」
「結局どっちもおかゆじゃない。それに、どうせインスタントでしょ」
駅前の輸入雑貨店で買った、とっておきの変わり種もお気には召さないようで、彼女は不満げに唇を歪める。
他にも色々と買い揃えはしたが、何か良い物はあっただろうか?
「オートミール……は粥みたいなものか。牛乳をたっぷりかけた、甘いグラノーラはどうかな」
「どちらかと言えば、しょっぱいものがほしいかも」
「では、熱々のおでんや鍋物はどうだろう? 好きな物をコンビニで買ってこよう」
「悪いけど、今はそういう気分じゃないわ」
「……どうしたものかな」
悩む私を眺める彼女はどこか楽しげだったが、ふいに目を細め、ぽつりと呟いた。
「飽きたのは出来合いの物によ。今日は、あなたの手作りを食べたいの」
料理は得意な方ではないのだが。私はため息混じりに最後の抵抗を試みる。
「本当に、簡単なものしかできないぞ」
「お願い。愛しているわ」
「知っているよ、女王様」
愛しているとまで言われては仕方がない。
同居人のささやかなワガママに応えるべく、私は台所に立った。
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