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私が居間に戻ると、彼女はコタツに突っ伏していた。相撲の中継はとっくに終わり、ニュース番組に切り替わっている。
どうやら彼女にとってニュースは子守歌と同義のようで、私が配膳を進めている間もピクリともしない。それでも、彼女の大好物を持ってくると、耳をピンと立たせた。
「かつぶしっ! 今日はいいのね? 何袋!?」
彼女が飛びついたのは、鰹節だ。
通常、猫に人間用の鰹節を与えるのは推奨されていない。人間用の鰹節は猫にとっては塩分過多であり、半ば毒だ。与えすぎは腎不全や尿路結石を招く。
とは言え、あくまでそれは普通の猫の話。
人に化けられる猫叉であれば、鰹節を好きなだけ食べても何も問題はない――
とはいかないのが現実の悲しいところだ。化けていても、あくまで猫。
食べ過ぎは禁物だ。特に、体調が優れないときには。
「ええー……」
私が1袋だけ手渡すと、彼女は不満げに耳を垂らす。
「まだ本調子ではないのだろう」
「そうだけれども。でも、三日ぶりなのよ。それに、ずいぶんと調子も良くなったのだし……ねえ?」
「逆に言えば、明日にはもっと良くなっている」
「つまり?」
「明日は、お好きなように。無論、体調が良くなっていたらだが」
「やった!」
彼女は袋を開け、慣れた手つきで振りかける。
できるだけ素早く。それでいて、かつお節の一片どころか粉の一粒さえも残さない。フェルメールの『レースを編む女』の筆致を思わせる精緻な動きには、自然と視線を吸い寄せられてしまう。
「……何かしら?」
ふと神聖な儀式を終えた彼女と目が合う。
怪訝な顔をする彼女に、私は苦笑いを返した。
「別に。おかゆと違って、鰹節は飽きないんだと思ってな」
「当然じゃない。そもそも昔は、食べたくても食べられなかったんだから」
いただきます、と両手を合わせ、私達は食事を始めた。
よく茹でられたうどんは唇でも切れるほど柔らかい。白だしと溶き卵だけのシンプルな味付けであることもあって、流れるようにスルスルと胃の中に納まっていく。
確かに3食分あったはずのうどんは、いつの間にか跡形もなくなっていた。
「ごちそうさま。美味しかったわ」
「お粗末様。食欲が戻ったようで何よりだ」
「そうね。ちょっと多い気もしたけど、すんなり入っちゃった……柔らかいうどんって、意外とアリなのね」
「関東風のつゆにもよく合うよ」
「お魚の甘露煮と合わせても良いかも。今度試してみようかしら」
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