1.桜の園遊会

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1.桜の園遊会

 ニナ・ペンバートン伯爵令嬢は王妃様主催の桜の園遊会に出席していた。  何かと趣向を凝らした催しが好きな王妃様だったが、今日の桜の園遊会は最近の中では特別だった。わざわざこの日のために、会場となる王宮の中庭に桜を一本移植したのだ。樹齢500年の大木!  この規模の移植ともなると、その労力は並大抵ではない。  樹木医の指導のもと新しく根を出しやすいように根回しし、老齢の木が死なぬよう計算して土を掘り、樹高10メートルを超える重い大木を人夫をたくさん雇って運搬してきたという。  この桜をどこで見つけたのか、準備に何年かかったのか、幹の内部構造がどれだけ老朽化していたかなど、そんなことまで全て王妃様が得意げにお話しなさるので、参加者は皆そろって(かしこ)まった目で桜を眺めた。  しかしまあ実際に、桜はとても美しかった。  満開には少し早かったかもしれないが、その日は運よく空も晴れていたし、よく手入れされた中庭に咲き誇る花が映えていた。  お花見におあつらえ向きの春の陽気の中、ニナも桜を主賓にした園遊会を楽しんでいた。  とはいえ、ニナの気持ちがとりわけ明るかったのは、桜や気候のせいだけではない。隣に寄り添う婚約者のルイス・エルドリッジ侯爵令息のこともあった。  ニナは最近ルイスと婚約したばかりなのだった。  この婚約の話はルイスの方から持ち掛けられたもので、すぐさま乗り気になったのはニナの両親の方だったが、ニナ自身もまんざらではなかった。  奥手のニナはルイス含めあまり世間の男性のことを知らなかったのだが、ルイスのことは初めて挨拶に来たときから「素敵だな」と思ったのだった。  とんとん拍子(びょうし)に話は進み、そして今日もこうしてルイスはニナをエスコートしてくれる。満開の桜の花のようにニナの心も華やかに満ち足りていた。  そんな中、ニナは自分の方をちらちらと見てくる一人の女性に気付いた。  最初は見られているというのは気のせいだと思った。だってニナはいたって普通の令嬢で、たいした美貌も持ち合わせてないし、ルイスとの(つつ)ましやかな婚約ですらそんなに世間の注目されてはいなかったから。  しかしやはりその女性はニナからつかず離れずの距離で、ひっそりとこちらの様子を(うかが)っているように見えるのだった。 「何かしら」  ニナはその女性の視線が気になってきた。  そしてあるタイミングで、ルイスが友人に声をかけられてニナから一時的に離れると、その女性は躊躇(ためら)いがちに、背中を丸めながらニナに近づいてきた。ニナは「ああ、やっぱり」と思った。 「何でしょうか」 とニナが聞くと、その女性は、遠慮がちな声で、 「ルイス殿と婚約したと聞きました。おめでとうございます」 と言った。  ニナは、なるほどルイスの件かと思いながら、 「ありがとうございます」 と警戒しながら返した。  その女性は、ヒルダ・ノールズと名乗った。ノールズ公爵家のご令嬢。社交界に(うと)いニナでもヒルダ嬢が王妃の姪であることは知っていた。  話しかけてきたとはいえ、ヒルダは終始(しゅうし)思い迷った様子だ。  ニナは「変だなあ」と思った。  ヒルダが何となく尻込みしている様子なので、仕方なくニナの方から尋ねた。 「あの、何ですか?」  ヒルダは単刀直入に言われてドキッとしたようだ。少し目が狼狽(ろうばい)した。  しかし、無視するわけにもいかないわけで、言いにくそうに低い声でそっと言った。 「あの……失礼ですけど、ニナ様はルイス殿のどこがいいと思ったんですか……?」 「えっ?」  ニナは思いがけない質問に面食らってしまった。  咄嗟(とっさ)には答えを返せずにいると、ヒルダは歯切れの悪い言い方のまま続けた。 「……彼のどこが好きなの……?」  ニナは呆気(あっけ)に取られていた。  何なの、この質問。なんだかまるで、ルイスには好きになる要素なんかないと言わんがばかりのものの言いようだ。  あなたが何も知らないなら教えてあげるわというつもりなんだろうか。  ニナはムッとした。  ルイスはとても素敵な人。  柔らかい茶色の髪をうしろで束ね、グレーがかった青色の目は優しそうに真っすぐ私を見てくれる。  性格も強引ではなくて、一歩引いたような様子が私には心地よい。  歯が浮くようなことはあまり言わず、照れながら不器用そうに「結婚してくれませんか」と告白してくれたところも好き。  しかしニナは批判的な人に分かってもらおうとは思わない。 「そんなことあなたに言う必要はありませんわ。それよりあなた、何なんですか」  ニナは軽く(にら)むような目つきをヒルダに向けた。  さっきからルイスには欠点しかないような言い方。ルイスから何か(ひど)い扱いでも受けたのだろうか。例えば、ルイスに告白したけどフラれたから逆恨(さかうら)みしてるとか?  しかしヒルダはそれには答えなかった。疑り深い、心なしか心配そうな目でニナを見て、 「彼はあなたのこと好きと言っているの? どこまで本気で結婚を考えているの?」 と不愉快な質問を繰り返した。  ニナはいらっとした。  ルイスが私のことを好きじゃダメなの? それともヒルダは、ルイスが私のこと好きじゃないとでも言いたいの?  おあいにく様。私たちはきちんと婚約しましたのよ!  ニナが腹立たしく感じていることはヒルダにも伝わったようだった。ヒルダはまるで、そんなつもりはなかったとでもいうように狼狽(うろた)えて、切羽詰(せっぱつ)まった顔をした。  それから何か意を決したような表情になった。そして(すが)りつくようにニナの腕を取ると、申し訳なさをめいっぱい(たた)えた目を向けた。 「あの……。ごめん、あたしのおさがりで、ごめん……」  え?  ニナは凍り付いた。  あまりにも思いがけないセリフだったから。  ヒルダという女性は、ルイスの元カノってこと?  ではこの人は、先輩として、ルイスが恋人に値しない、褒めるところのない男ってことを私に教えてくれようとしたの?  ……でも、それにしては少し引っかかる言い方だった。 「おさがりでごめん」だなんて、マウントを取りたいようにも聞こえる。  ニナはヒルダの真意が分からず真正面から顔を食い入るように見つめた。 「あの……」  ニナが沈黙を破ってはっきりと聞こうと思ったとき。 「ニナ、遅くなって悪かったね――」 とルイスの声がした。  途端にヒルダはバツが悪そうにパッと顔を隠すと、また背中を丸めて人ごみの中に素早くこそこそと逃げていった。
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