【2.試しに占いを】

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【2.試しに占いを】

 そんな適当な感じでアリーが水晶玉を手に入れた翌日、友達のマーサが訪ねて来た。マーサ・グレイリー伯爵令嬢。成金伯爵家の令嬢として王宮では他の令嬢たちから鼻つまみ者扱いされているが、アリーはマーサのあっさりした性格が気に入っている。  マーサは親し気に(たず)ねる。 「エイプリルフールは何か考えてるんですか?」 「ええ、皆が期待してそうやって聞くんだもの。水晶玉をね、手に入れたわ」 「へえ、面白そうじゃないですか。『実は私魔女だったの』とかやるんですか?」 「そうよ」 「楽しそうですね、水晶玉か。ちょっと占ってみせてくださいよ」  マーサはまだエイプリルフールまで日があるにもかかわらず遠慮がない。  しかしアリーの方も、これは本番に向けてのいい練習になると思った。 「いいわよ。何を占ってほしい?」 「もちろん『運命の人』でお願いします!」  マーサは途端に目を輝かせて身を乗り出す。  アリーは笑った。 「最重要事項ね。だけど……どうやって使うのかしら。しまった、使い方聞き忘れたわ」 「何それ。使い方大事!」 「だって、エイプリルフールのおもちゃよ? あんまり本気にしないじゃない」  アリーは、デボラのせっかちペースにつられて大事なことを聞き忘れたことを反省しながら、言い訳がましく答える。  するとマーサは急にがっかりした顔をした。 「おもちゃ? じゃあこれ、偽物なんですか?」 「そりゃそうでしょう! 本物の訳ないわ」 「まあ、つまらないですね」 「そんな露骨(ろこつ)にがっかりしないでよ、マーサ。でもいいじゃない、面白いかもしれないわ。見よう見まねで占ってみるわね。『水晶玉よ、マーサの運命の人はだあれ?』これでいいかしら」  アリーはわざと明るい声で適当に呪文っぽいものを唱えてみた。  アリーは自分でもすごく適当だと思ったが、不思議なことに、呪文として効果があったらしい。  急に水晶玉が怪しく光ると、中に(もや)が渦巻き出したのが見えた。 「え!? 何か反応が」 とアリーが驚いていると、 「あら、なんか本物っぽいじゃないですか」 とマーサが期待に目を輝かせた。  アリーとマーサは頭を寄せて水晶玉の中を覗き込む。一体マーサの運命の人とは誰で、そしてどんなふうに水晶玉に映し出されるというの?  水晶玉の(もや)はぐるぐる渦巻いていたが、やがて濃淡がはっきりしだした。  それから、なんだか濃淡だけで表されていた輪郭に淡い色ながら色彩がつき、そしてついには水晶玉の中に景色や人物が映し出された。  驚いたことに、まず水晶玉に映されたのは、アリーとマーサが膝を突き合わせて座っている、今まさにこの場の光景だった。 「あれ? これって、今?」 とアリーが思っていると、やがて場面が移った。  今度はアリー宅からの帰り道に、マーサが所用で寄った商店に入ろうとする場面だった。後から来た一人の男性が割り込むようにしてさっと商店の扉を開けた。そして、マーサを振り返ると軽くウインクしたのだった。  アリーもマーサも水晶玉に魅入られていたが、その意味ありげなウインクにハッと息を()んだ。その男性はライアン・ウィリアムズ伯爵令息だった。  水晶玉の中のライアンは何やらマーサに話しかけている。  マーサが胡散臭(うさんくさ)そうな顔でライアンを見ているのにはお構いなしで、ライアンはマーサを店の奥に引っ張っていった。ライアンと店主は口裏合わせていたのか、店主が飄々(ひょうひょう)とした顔で小さな木箱をライアンに渡した。ライアンは何か言いながらそっとマーサの手を取り、木箱の中から取り出した宝石の(きら)めくブレスレットを巻きつけた。そしてそのままマーサの手の(こう)に軽くくちづけをし――。 「これって……」  食い入るように水晶玉を見つめていたマーサが、(かす)れた声を発した。  アリーもはっと我に返った。 「あなたの運命の相手って、ライアン様ってこと? すっごいわね。名門ウィリアムズ伯爵家のライアン様と言えば、王宮中の令嬢たちが熱をあげるイケメンじゃないの。あなた令嬢たちに刺されるんじゃない? すごいわね!」  マーサは逆に「ははっ」と苦笑した。 「本当によくできた占い遊びですね。最初に今の私たちが映ってたってことは、これは今日この後のことって感じですよね。私、確かにこの後こちらのロバートソン商店に行く用事があります。そこで、ライアン・ウィリアムズ様にプレゼントをいただく? 私みたいな鼻つまみ者の成金令嬢が?」  マーサがおどけたように首を(すく)めて見せたので、アリーもつられて笑ってしまった。 「ふふ、でもこんな占いなら悪い気しないんじゃない、マーサ?」 「そうですね。現実と乙女の妄想を織り交ぜた夢の世界って感じです。これなら誰も傷つかないし、エイプリルフールにはもってこいのアイテムかもしれないですね」 「そうね。なかなか面白いじゃない!」  アリーは、良いものを手に入れたな、とほくほくした。妄想おとぎ話のような水晶玉占い。あり得ないけどそうだったら嬉しいな、という夢を見させてくれる。これはなかなか使えそうだ。  しかし、アリーには誤算があった。  この日の夕方に分かった事だったが、なんとマーサがロバートソン商店で、本当にライアン・ウィリアムズ伯爵令息に告白されたらしい。  水晶玉と何もかも同じ状況で!  マーサはあの水晶玉が真実を占ったということにとびきり驚いて、慌てて使者を寄越し手紙をアリーに届けさせたのだ。  マーサからの手紙を読んだアリーは一瞬ぞくっとした。 「この水晶玉が本物? エイプリルフールの小ネタじゃなかったの!?」
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