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【3.自分の運命の相手は】
アリーの水晶玉の件は瞬く間に大評判になった。
王宮であまり快く思われていないマーサが世の令嬢の憧れイケメンを勝ち取っただけでも大騒ぎだったし、しかもそれが『水晶玉のおかげ』だというのだから!(※事実と違う)
翌日からもう、次から次へと令嬢たちがアリーを訪ねてきては「占って」と頼む。
アリーもマーサばっかり贔屓しているとか陰口を叩かれたくなかったので、できるだけ応じるようにした。
「あなたの好きなクラウス様もあなたのことが好きなようです」
「あなたはダグラス様とは残念ながら結ばれません。ダグラス様の好きな人はベッツィー嬢だそうです」
「あなたはゲイリー様に誕生パーティで断罪・婚約破棄をされます。でも、あなたはすでに今この占いにより未来を知っていますから、そのときまでにはフラグを全部へし折り、婚約破棄&断罪劇はみごとなざまぁ劇になるみたい」
といったように。
そして「当たったわ!」とか「役に立ったわ! ありがとう」とかいう声がたくさんアリーに寄せられたのだった。
そうするとアリーも少し興味が出てきた。自分の運命の相手は誰かということに。
アリーはずっと水晶玉がおもちゃだと思っていたのだが、こうして「当たった」という声を聞くと、占いを信じる気持ちもむくむくと湧いてくる。アリーは散々迷ったけれど、ついに自分を占ってみることにした。
「水晶玉さん、私の運命の相手は誰?」
アリーは言ってしまってからドキドキする。水晶玉に映るものを一秒たりとも見逃したくない気持ちでじーっと水晶玉を見つめた。
なるほど、他の依頼者たちもこんな気持ちだったのか。
するといつものように、水晶玉の中に靄が渦巻き出し、そして何かの像を形どり始めた。
アリーは固唾を呑んで見守っている。
やがて靄はまとまりだし、濃淡がはっきりしてきて――。
最初の映像は神詣でだった。霊山山腹の大神殿へと、奥深い山道を身なりの良い人たちの行列が行く。
新緑の季節とはいえ、山道は生い茂る樹々で薄暗い。そんな中を行列の人々は厳粛な空気を纏ってしずしずと歩いて行くのだった。
そして水晶玉の映像は次に移った。
樹々の隙間から急に白っぽい背景に変わったのでアリーは「ん?」と思って目を凝らした。よく見たら、それは『滝』だった。水しぶきが散り背景が白っぽくなっているのだ。
そして滝つぼの脇の岩場で、一人の男性が怪我をした足を庇うようにして座っている。水晶玉がその男性の顔を映すと――なんとそれは我が国の王太子だった。
「え、王太子様!?」
水晶玉の中のアリーが王太子に駆け寄ると、王太子はほっとしたような目をアリーに向けた。水晶玉の中のアリーは何やら言いながら、王太子の腕を引き自分の肩を貸そうとしていた。
そして水晶玉の映像はさらに次へと移った。
霊山山腹の大神殿の中庭である。真っ白な小石を敷き詰め、大小さまざまな形をした岩がバランスよく配置された、殺風景な割には緊張感漂う中庭だ。
王太子は一つの岩に腰かけていた。足には包帯がまかれていた。
水晶玉の中のアリーが遠慮がちに王太子に近づいて行った。王太子は微笑んで何か言い、アリーが恐縮して跪こうとするのを、さっと腕を伸ばして引き留めた。そのままアリーに隣の岩に座るように促すと、手を伸ばしてそっとアリーの髪の毛に触れた。水晶玉の中のアリーは驚いて王太子を見つめ返し――。
水晶玉を覗き込むアリーの心臓がトクンと音を立てた。
これは、まさか!?
まさか王太子様が運命の相手だと言うの?
水晶玉に映った神詣では、5年に一度新緑の季節に行われる宮中行事だ。今年もすでに日程が決まり、選出された王宮メンバーが昔ながらの手順で参拝することになっている。
水晶玉があまり占いに関係のない映像を見せることはないから、きっとこの日に、アリーはどこかの滝で怪我をした王太子を救け、そしてそれをきっかけに王太子と親しくなるのだろうと思われた。
アリーは半信半疑だったが、王太子が怪我をする未来を知ったのだということにふと気付き、自分の運命の相手の前に「まずは道義的に王太子を助けなければ」と思い至った。
しかし、神詣での日に滝で王太子を助けるにしても、まずはこの滝がどこにあるかを知らなくては助けに行けないと思った。
そこで霊山付近の地元住民に道案内を頼み、近隣の滝を歩いて探すことにした。
本当は地元住民に水晶玉の映像を見せて場所を聞いた方が早いとは思ったが、かなりプライベートな内容なので無関係な者にはリスクが高く見せられない。そこで自ら出向くことにしたのだ。
侯爵令嬢が自ら滝探し!ということで、家中の者はだいぶ訝しんだが、アリーは怯まない。
案内された一つ目の滝は、水晶玉の光景と違った。
二つ目の滝も、違う
三つ目の滝を訪れて、やっとアリーは「ここだ!」と思った。
そして神詣での日。アリーは「人命救助」と自分に言い訳しながら、ドキドキ半分でその滝へ行ってみたのだった。
しかし、王太子はいない。
アリーは「あれ?」と思ったが、まあ時間が前後することもあるだろうと、もう少し待ってみた。
しかし待てども待てども誰も来ない。
結局その日一日、滝周辺では何のイベントも起こらなかった。お供の者は面と向かっては何も言わなかったが、内心アリーに文句いっぱいなのがびしばし伝わる。
アリー自身も「嘘だったかー」とだいぶ落胆していた。
と同時に、
「なんで私だけ占いがはずれるの? 持ち主のことは占えないの?」
と悲しく思った。
映像としてはあんなにはっきりと見えたのに!
あの滝だと思ったけど、実は別の滝だったとか?
なんとなく占いを諦めきれないアリーは、あまりにも気になったから、王太子の側近を務めている幼馴染の男友達に「王太子様は神詣での日は滝に行ったか」と聞いてみた。
幼馴染は怪訝そうな顔をした。
「ずっと王太子様と一緒にいたけど、滝には行ってない」との返答だった。
アリーは「水晶玉、間違いじゃないの!」と叫びそうになるのを必死に堪えた。しかしアリーは「まあ人生ってそんなもんだから」となんとか自分を宥めて、あんまり何でも期待するのはよくないと自分を戒めた。
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