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毒蛸
中学三年生、受験を控え、なんとなく不安な時期である。
風呂から出て、狭い脱衣所で身体を拭いた守山唯はメガネをかけて鏡を見た。
すると落ち込んでいた口角が上がる。
いつもそうだな。
数年前。かなり自己中だった幼年期を抜け出してから、鏡を見ると不思議と心が軽くなった。鏡に映る自分が好きというよりは、鏡の自分と本当の自分の乖離が可笑しくなるのだ。
唯は鏡に触れる。向こうの自分も当たり前に鏡に触れた。すべてが正反対な鏡の中の世界線。なら、"彼"は楽しい生活を送っているんだろう。
「はぁ〜……ねっむ……」
部屋に戻ると、目をこすりながら母・多江が大きく言った。ならスマホをやめたら良いと思います。
守山家は母・多江と息子・唯の二人。シングルマザーとして生活する多江は唯からみれば所謂"毒親"だった。
七月に昼間定時制高校の体験入学に行ってから、その思いは色を濃くした。多江は帰り道、「ああいう学校は病気とか事情のある子が行くところだからなぁ……」と難色を示したのだ。
その後唯には発達障害が見つかったわけだが、その学校への入学は諦めたし、そもそも多江は発達障害の事実から目を背けているから期待していない。
多江の問題点は自分の考えを押し付けるところだ。子どもが親の所有物でないことは理解しながら、成人までは従えというスタンス。それが唯の考えと合わないのがさらなる問題。
唯はとにかく変わっている。性自認も、発達障害を持っているという事実も、この境遇も。性格は歪んでいるし、自分のことなんて大嫌い。だからこそ心配し支配したい親の気持ちもわかる。なのに、自由になりたい自分が嫌い。幸せになんてなりたくない。
もう飽きた。
自分に。
布団に入っても、なかなか寝付けない。冬休みという時期がそうさせているんだと思う。目が冴えてしまう。
唯は起き上がって眼鏡をかける。乱視に加えて強度の近眼という……。
トイレを済ませ、そのまま洗面所の鏡に触れる。
「……っあ?!」
そのまま後ろに倒れ込んだ。
鏡の中の自分が、突っ立った儘なのだ。
―'Cause,good boy It's okay to run away―
不思議な言葉がかけられる。
唯は立ち上がり、そのまま鏡に触れる。
そこで意識が落ちて、なんとなくわくわくした。
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