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◇ 第三夜
その夜も扉はゆっくり三回叩かれ、サーシャが入ってきた。
跪いて手の甲にくちづける儀式を自分からやめてほしいと言ったにもかかわらず、サーシャの次の動きが読めず、コンスタンツェは手持ちぶさただった。サーシャはそんな彼女の心情を慮ったのか、くすりと笑って言う。
「本日もお身体を拝見することはありませんから、その点はご安心ください」
サーシャはやはりコンスタンツェを抱き上げて、寝台へそっと下ろした。
「力を抜いていただくのが肝要かと存じます。瞼を閉じていただけませんか」
瞼を閉じれば何も見えなくなる。何をされるかわからない恐怖から、コンスタンツェはなかなか指示に従うことができない。
「私が七を数える間だけで構いません。一…………二…………」
宣言通りサーシャが数え始める。それくらいの短い時間ならば、ひどい目には会わないだろう。コンスタンツェはそっと瞼を閉じた。
「三」
コンスタンツェの右の耳に何かがふれた。やわらかく、温かいもの。彼女が困惑していると、サーシャの次の声が響いた。
「四」
コンスタンツェの左の耳にそっと、同じものがふれた。
「五」
やわらかく温かい何かは、コンスタンツェの右の瞼に落とされた。ということは、次は。
「六」
コンスタンツェの予想通り、次は左の瞼だった。
「七」
最後にふれたのは額。瞼を開けると、ちょうどサーシャの唇が離れたところだった。
コンスタンツェもまるっきり想像していなかった訳ではない。けれど、目の当たりにすると鼓動が高鳴った。
「……何をなさったのですか」
「幸せをもたらすおまじないです」
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