四月一日のフール

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「兄ちゃん、やれることはまだあるで!」  たこ焼きが叫ぶ。その自信に満ちた口調はおれの気持ちを逆なでした。 「ふざけんな、やれることなんてもうねーよ! あ、あと数時間で地球が終わるって時に」 「いいや、まだある」たこ焼きは厳かに言った。 「沙織(さおり)に連絡し。仲直りしたいって、言うんや」 「沙織って……」  それはおれの彼女だった。それとも元彼女というべきか。  おれたちの出会いは、大学の『粉もの研究会』だった。はじめは美味しそうに食べる子だなーと思っていたのが、そのうち二人で食べ歩きするようになったのだ。 「一人じゃ行きづらいお店があって」と誘われたときは、正直うれしかった。おれからも誘い返し、受けてくれたときは喜びのあまり飛び上がった。そのうち、彼女と一緒なら食べるのはもうパンでもラーメンでもいいと思うようになった。  だが、おれは院試、沙織は就活でそれぞれ忙しくなると、一緒に過ごす時間は減っていった。 「向こうから連絡してくるだろうって、思ってたんだ。もしかしたら沙織もそう思ってたのかも。結局、落ち着いたころに連絡しようとした。でも……」  いざ連絡を取ろうとして、不安になった。もしかしたら、彼女はおれを見限ったのかもしれない。自然消滅を期待しているのかもしれない……。そんな考えが一度浮かぶと、もう連絡できなかった。  そしてそのまま、沙織は卒業してしまった。 「だから、沙織とはもう終わったんだ。いまさら……」 「うじうじすんな、このボケぇ!」  そのままテーブルの上に突っ伏そうとしたおれを、たこ焼きが怒鳴りつけた。 「だいたい、バラードなんぞ聞きながら粉モン焼いてる時点で未練タラタラやないかい! おい、まずはこの湿っぽい歌を消したれや!」 「お、お前……」  たこ焼きの剣幕につられ、おれはそれまでずっとループ再生していたバラード――やしきたかじんの『やっぱ好きやねん』を止めた。ていうか湿っぽいとか言うな、大名曲やぞ。 「じゃあ次は連絡や、その文明の利器(スマホ)を役だてえ」 「いやでも、沙織は今日が入社初日で」 「何言ってるんや、今が最後のチャンスやで? 会社のことなんて考えてる場合とちゃうやろ、さっさと仲直りせんと人生終わるに終われんで! さっさとせえ! このタコ!」 「……わかった」  おれはスマホを取り上げた。メッセージアプリを立ち上げて、連絡先の中から登録名『♡♡♡さおりん♡♡♡』を呼び出す。さすがにいきなり通話する勇気はなく、メッセージを送った。 ――入社おめでとう。これまでずっと、連絡しなくてごめん。
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