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時間を見ると、十二時五十分だった。沙織は午後の仕事に向けて準備をしているところだろうか。それとも……。そのときメッセージに既読が付き、スマホが震えた。
――ありがとう。私もごめんなさい。
――今日は定時で帰れそうなんだ。
――会えないかな?
「沙織ん……!」
おれは信じられない気持ちで画面を見た。すぐに目頭が熱くなり、文字がゆがんで読めなくなった。
「よかったな、兄ちゃん!」
たこ焼きも、おれのようすから全てを察したのだろう。おれは目もとをぬぐい、勢いよく立ち上がった。
「おれ、これから沙織の会社まで行ってくる! 隕石のことは黙っておくつもりだけど、そのときが来たらあいつのそばにいてやりたいんだ。そんなことしても何の役にも立たないのはわかってる、でも……」
「ああ、その必要はあらへん」たこ焼きは朗らかに言った。
「隕石の話は嘘や!」
居間から出て行きかけていたおれは、その場に立ち止まった。ポケットの中のスマホが震える。沙織から追加でメッセージが来たのかもしれない。だが確認している場合ではなかった。
「なんだと?」
「だから嘘や。今日、何の日か知っとる? カレンダー見てみ」
見る間でもない、四月一日だ。……まさか。
たこ焼きは高らかに言った。
「ジャーン! エイプリルフールぅ~!」
その瞬間、おれはたこ焼きの背後にドヤ顔を決める芸人の姿を見たと思った。それも、流暢なしゃべくりで魅せるような現代風のタイプではない。昔ながらに全身をフル活用し、一度かましたボケは客が笑うまで引っ込めない、古の芸人魂。その魂が、たこ焼きの中に確かに宿って見えたのだ……。
当然の帰結として、おれはずっこけた。
「あれ、兄ちゃん大丈夫か? 怒ってるならあやまるわ、ごめんやで? まさか信じるとは思わへんかったんや。まあ確かにおれは嘘をついた。でも、そのおかげで兄ちゃんは自分の心に正直になって、彼女と仲直りしたんやないか。結果オーライ!」
その場に崩れ落ちたおれを見て、たこ焼きもさすがに悪いと思ったのか言い訳をはじめた。しかも妙に上手いことを言っている。
「た、たこ焼きのくせに……」
なんかもうそれ以上の言葉が出てこなくて、おれはやけくそ気味にひっくり返った。
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