四月一日のフール

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 結局おれは、残りの材料を取っておくことにした。今日はもう色々とありすぎて、食欲が吹き飛んでしまったのだ。 「さて。そろそろ出かけるか」  沙織にちゃんと就職のお祝いもできていなかったから、会う前に何か用意しておきたい。おれはプレートに残ったたこ焼きに声をかけた。 「お前のことはどうしよう。ラップでもしておくか?」  このまま保温し続けるわけにもいくまい。取り皿に移そうかと思っていると、たこ焼きは思いがけないことを言った。 「何言ってんねん。おれもそろそろ(しま)いやで。さっさと食べてくれや」 「そういう冗談はやめろっての。もっと温かくしておいたほうがいいのか?」 「この状態で温め直しても、硬くなるだけや」  たこやきは再加熱の提案を断った。その声が少し弱々しくなったような気がして、おれは顔を近づけた。 「たこ焼き、大丈夫か?」 「……だんだんぼーっとしてきた」 「おい!」  慌てるおれに、たこ焼きは「ふっ」と笑った。そして言った。 「言うたやろ、食べられるのは食べ物の本望や。そんなら作った方は、全部食べるのが礼儀やで。ほら、食べ。おれは十分、しゃべって笑ったからもうええよ」 「たこ焼き……」  おれはたこ焼きをつまみ上げた。たこ焼きはまだほんのり温かい。カリっと焼きあがっていた皮が、しっとり柔らかくなりはじめていた。  たこ焼きは、最後に小さな声で「おおきに!」と言うと、それきり黙ってしまった。 「……いただきます」  おれはたこ焼きを食べた。たこ焼きはふわふわで柔らかかった。咀嚼してすぐ、おれはこのたこ焼きが特別な一つだったことを知った。タコが入っていない。入れ忘れていたのだ。  それからもおれは一人で、また沙織や友人たちと何人かで、たこ焼きを作り続けている。だがしゃべるたこ焼きに出くわしたことは、四月一日のあの日以降一度もなかった。もしかしたらあいつは、おれと沙織のために『粉ものの神さま』が遣わしてくれたのかもしれない。おれが笑っているとき、腹のなかであいつの笑い声が響いているように思うことがたまにあるんだ。  こんなこと、エイプリルフールどころか一年じゅう、どんな日に話したって信じてもらえないだろう。でもこれは全部、本当にあったことなのである。  なーんてね。知らんけど!
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