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「ホントにそのクッキー、好きだね。」
前を向いたまま、運転席の裕介が言う。
「うん、子どもの頃から好き。いくら食べても飽きないの。」
私は家から持ってきたチョコチップクッキーの箱を抱えたまま、答えた。
裕介が運転する車は、くねくねとした山道を上っていく。
今日は天気が良い。
空が近い。
「こんな山の中に、病院があるの?」
窓を開けると、気持ちの良い風が頬を撫でた。
見える景色は緑の葉が生い茂る木々と、青い空。そして、どこまでも続く曲がりくねった道だけ。
「すごくいい病院だよ。緑に囲まれててさ。きっと菜摘も気に入ると思う。」
「そっか…。でも裕介に会えなくなるのは寂しいな。」
私の言葉に、裕介は無言で頷いた。
転院先は、今までお世話になっていた産婦人科の先生と裕介が相談をして決めてくれた。
とても良い病院らしいが、自宅からは車で2時間ほどかかる。
仕事の忙しい裕介が、気軽に会いに来れる距離ではない。
私はそっと、自分のお腹に手を当てた。
「…でも。この子のためだもんね。寂しいけど私、頑張ってこの子を産むからね。」
すると裕介の手が伸びてきて、私の手を強く握った。
その手が少し震えている。
「…ごめんね、菜摘。」
なぜか裕介が謝った。
なんで謝るの?
裕介は何も悪くないよ。
「大丈夫だよ。もうすぐこの子に会えるから。」
そう言いながら、愛する夫の横顔を見つめた。
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