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「流産…したんです。」
俺は感情を殺して、話し始めた。
高い天井と大きな窓。
開放的で明るいエントランスホールの一角に置かれたソファーに座り、俺は白衣を着た木村医師と向かい合っている。
「結婚してからなかなか子どもができなくて、いろいろな治療も受けたりして。12年目にしてようやくできた子どもだったんです。それなのに…。」
「それは…お辛かったですね。」
木村医師は、優しい声でそう言った。
黒髪のボブがよく似合う、凛とした印象の女性。
「菜摘は…自分のせいだと責め続けていました。次第に家に引きこもるようになって、仕事もやめて…。そのうち、食事もまともに取らなくなったんです。」
「…なるほど。」
木村医師は頷きながら、手元のファイルに何かを書き込み始めた。
「どうしたら元の菜摘に戻ってくれるのかと、私なりに手を尽くしたつもりだったんですが…ダメで。」
「…そうなんですね。」
「でもある日、菜摘が急に食事をし始めたんです。…私は食べづわりだから、何かを口にしていないと気持ち悪くなるのって。」
「…食べづわり…。」
「確かに、妊娠していた時は食べづわりだったので…。でももう、お腹に子どもはいないのに…。」
こみ上げてきそうになったものを、俺はぐっと飲み込んだ。
「それでも、菜摘の顔が別人のように明るくなったので。食事をして元気になってくれるならそれでもいいかと思っていたんですけど…。」
「…吐いていたんですね。」
木村医師が、静かに言う。
「…はい。食べても…そのあとトイレで吐いてるんです。でも本人は自覚がないみたいで。自分は食べづわりのせいで、どんどん太っているんだと思い込んでます。実際はあんなに…痩せ細ってしまっているのに…。」
これ以上は話さなくても、木村医師はわかっているようだった。
それに俺も…もう、限界だった。
「…奥様は…菜摘さんは、大変危険な状況だとお見受けします。精神的にも、身体的にも。」
「…はい。」
木村医師はファイルを閉じると、俺のことを真っ直ぐに見据えた。
「菜摘さんのことは、最後まで私たちが責任を持ってお世話させていただきます。」
「…はい。よろしくお願いします…。」
「でもご主人は…このことでご自身を責めたりしないでくださいね。」
木村医師が、優しく微笑む。
俺の視界は、にわかに滲み始めた。
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