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「手続きしてくれてたの?ありがとう。」
看護師に体を支えられながら、菜摘が戻って来た。
ここに着いてすぐに、トイレに行きたいと言った彼女。
また、吐いていたのだろう。
「菜摘さん、このままお部屋にご案内しますね。感染症対策のために、残念ながらご主人は一緒に行けないんですが…大丈夫ですか?」
木村医師が、ソファーから立ち上がる。
「わかりました」と答えると、菜摘は笑顔で俺を見た。
嬉しそうに。
まるで本当に出産間近の喜びを抱えているかのように。
「じゃあね、裕介。次に会う時は3人で、だね。」
「…うん。楽しみだな。」
「産まれたらすぐに会いに来てよ。」
「…うん。」
「仕事忙しくても飛んで来てよね。」
「…もちろん。」
俺は必死に笑顔を見せた。
最後の方は声がかすれてしまっていたけれど、菜摘は気づいていないようだった。
じゃあ、と笑いながら手を振って看護師に促されて歩いていく、その後ろ姿をずっと見ていた。
菜摘は楽しそうに、看護師に話しかける。
「ねぇ看護師さん、何か食べる物あります?私、お腹空いちゃって。食べづわりがひどいから、気持ち悪くなっちゃうんですよね。」
その菜摘の笑い声が広い空間に響いて、俺の耳にこびりついた。
完
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