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プロローグ
「透!引っ越しするってどういう事!?」
江口優花は制服姿のまま、二つ上の兄の部屋に飛び込むなり、問いただした。
兄である江口透は驚く事もなく、大きくため息を吐くと、愛用のゲーミングチェアに座ったまま振り返る。
「言葉通りだよ。大学通うのに近い所に引っ越すことにした」
「どうして!?ここから通えるって言ってたでしょ!」
「通う手間考えたら、近くに引っ越しした方が効率がいいからそう決めた」
「なんで…?私達、家族でしょ…?」
「………家族ね。離れて暮らす家族なんて、山ほどいるだろ?」
「それは、そうだけど…でも、だ、だって、透は私の『お兄ちゃん』でしょ!」
優花の言葉に、透は皮肉げに頬を歪めて笑う。
「『お兄ちゃん』…ね」
「何がおかしいの!」
透は、笑いを消してひたっと優花を見据えた。
表情を無くすと、透の顔立ちの端正さが、より鮮明に浮かび上がる。
少しクセのある天然の焦茶色の髪。
スッキリとしたラインを描く輪郭。
くっと結ばれた薄めの唇。
真っ直ぐに伸びた鼻筋。
そして何よりも、髪と同じく人より少し薄めの色を持つ瞳が、光を放つ。
「な…何…?」
ゲーミングチェアが立てた微かな音と共に、立ち上がった透は優花へと歩を進める。
透の視線の強さに押されるように優花の足が自然と下がり、そのうちに背中がとんっと、壁に当ってしまう。
それと同時に、優花の顔の両脇に透の手が置かれて、まるで囲い込むようにな状態になる。
優花は透から目を逸らすことがどうしても出来なかった…それどころか、ぐっと距離が近くなった事でその瞳の奥にある、赤々と燃え上がる炎よりもっと温度の高い、冴え冴えと青く静かに燃えるもの…それに縫い止められたかのように…動けない。
「とお…る…?」
「俺は、お前を妹と思った事、一度もない」
透と優花の顔が近づき、お互いの体温まで感じられるくらいの距離になった瞬間
「……っ!」
優花は思わず、ぎゅっと目をつぶる。
もうすでに、唇に吐息の温度まで感じるほどの距離…透の熱く感じるほどの吐息は、優花の唇から左の頬へとゆっくりと滑り、その感覚に、優花は微かに身を震わせる…。熱く感じる程の吐息はやがて、左の耳へとたどり着く。
そこで、一度ぐっと歯を食いしばる気配と共に、まるで自分の中で燃え盛る熱を無理やり押さえ込んだかのような苦しげな声で
「俺に、兄を求めるな!」
その言葉を残し、透は部屋を出ていく。
優花は思わず詰めていた息を吐き出した。
透の吐息が辿った頬を思わず手で押さえると、優花はその場にへたり込んだ…。
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