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02.次に口にすべき言葉
「あ、借りてたマンガ返す」
私は手にしていた紙袋を彼に手渡す。マンガの入った紙袋を受け取るとき、私の右手に彼の右手が少しだけ触れる。温かくて大きな手。その手をずっと握っていたいと思わず考えてしまうような。
でも、私はそんな思いなんてできるだけ顔にも態度にも出さないまま、短く彼に告げる。あくまでも素っ気なく。
「ありがとう、面白かった」
「マンガ返すのなんて、今日じゃなくてもいつでもよかったのに」
「だって引越しの準備とか忙しいでしょう?」
「うん、なにを持っていけばいいかわかんないことだらけだからね。向こうでも買えるものもあるけど、もったいないし。そっちは?」
「私? 私もぜんぜん進んでない。引越しの準備もあるし、入学手続きもあるしで大変」
そんな会話を交わすと、二人のあいだに沈黙がやってくる。公園で遊ぶ子どもの声がやけに大きく響く。
「もうすぐだな」
彼が言った。私は短くうなずく。
「うん」
今まではこの街で一緒に過ごしてきた。高校こそ違うけれど、通っていた進学塾で、私たちは一緒のクラスだった。これから先、二人とも別々の街にある大学に進む。この街からも遠く離れたそれぞれの進学先へ。
「これからなかなか会えなくなるね」
私が言った。
「そうだな」
夏休みだってあるし、冬休みもある。五月の連休だってあるし、秋にだって連休がある。だから、会おうと思えば、会えなくはない。交通費はアルバイトでもして稼げばいい。そうすれば、この街に戻って来れるし、互いの住む街に行くこともできる。
そんなことを二人は何度も繰り返し話した。互いの心をたしかめるみたいに。
だから一時的な別れでも、別れの言葉は互いに言いたくなかった。
気がつくと太陽が傾き、夕方の光が空気の中に混ざりはじめていた。もうすぐ春分の日。真冬よりも日が長くなったと言っても、いつか夕方はやってくる。
私たちは次に口にすべき言葉を見つけられないまま、無言で二人並ぶばかり。そのとき、唐突に彼が言った。
「俺から見れば、君はダイヤモンドみたいな女の子なんだよね」
彼がそう言った。褒められているみたいでちょっと嬉しくなる。けど、そんな気持ちを押し隠して冷静さを装いながら、私は彼に聞き返す。
「ダイヤモンド?」
彼は少し照れくさそうにうなずく。
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